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[9]勇気のいる作戦「敬遠」は「逃げ」ではなく、ゲームの駆け引きだ

中村計 ノンフィクションライター

 大谷翔平と明徳義塾の対戦が見られなくなった……。

 花巻東が岩手大会の決勝戦で敗れたとき、真っ先に過(よ)ぎったのは、そんな失望感だった。

 明徳打線が160キロ右腕の大谷をどう打つかを見たかったのではない。

 打者としても十分ドラフト1位クラスの選手である花巻東の主砲・大谷に対し、明徳バッテリーが、どういう攻めをするかが見たかったのだ。

 この夏、高知大会の決勝戦を観戦した。明徳が、高知高校の4番打者・法兼駿に対し「5四球」を与え、延長12回、2-1でサヨナラ勝ちを収めた試合である。

 ただし5四球といっても、その内3打席は、勝負しているように映った。

 法兼の打席を振り返る。

 第1打席は、3ボール1ストライクから四球。第2打席は、2ボール1ストライクからレフトフライ。第3打席は、際どいボールもあるにはあったが、ストレートの四球。ここまで、明徳のマウンドは2番手投手の福永智之だった。

 試合前、監督の馬淵史郎が、左打者の法兼対策としてバッテリーに与えた指示はこうだったという。

「ランナーがいなかったら外一本で勝負する。それで、レフト前(ヒット)ならOK。走者がいたら歩かせる」

 ところが、福永は、走者を置いていた第1打席と第2打席はストライクを取りに行き、走者がいなかった第3打席では1球もストライクが入らなかった。馬淵の指示とはまったく逆だ。

 福永は初回、送りバントを挟んでいきなり3連続四死球を与えるなど大乱調だった。そのため、おそらく監督の指示を実行できなかったのだろう。また馬淵も、そういう状態の福永に対し、微妙なコントロールまでは要求できなかったはずだ。

 第3打席までの段階で、明徳が法兼との勝負を避けていると感じた人は誰もいなかったに違いない。

 明徳は6回からエースの福丈幸にスイッチした。すると、コントロールがいいはずの福までもが、法兼の第4打席でストレートの四球を与えた。1死走者なしの場面だった。

 確かに、ストライクと言われてもおかしくないような際どいボールもあったため、馬淵の「ランナーがいなかったら外1本で勝負する」という指示を忠実に実行した結果だったのだろう。

 ここまできて、ようやく明徳バッテリーが法兼を相当警戒しているのだということに気がついた。

 捕手が立ち上がり、はっきりとした形で四球を与えたのは第5打席と第6打席だった。この2打席は明らかに「敬遠」だった。

 第5打席は、2死二塁の場面だった。スコアは1-1。一塁が空いていたため、強打者を歩かせるのは定石だ。しかし、3打席連続四球ということで、スタンドがざわつき始めた。

 このときは続く5番打者にレフト前ヒットを打たれた。本塁クロスプレーで二塁走者をアウトにしたからいいようなものの、作戦としては失敗に終わっている。

 この試合のクライマックスは、延長12回だった。状況は2死一塁。ここで打席に法兼を迎えた。

 その初球、捕手が立ち上がると、高知を応援していた前列の観客が「うそ!」と素っ頓狂な声を上げた。その感嘆とも受け取れる声が、見ていた人の思いを代弁していた。

 1-1というスコアで、一塁走者を得点圏に進めるというリスクを犯してまでも、しかも5番打者は前打席を含め2安打しているにもかかわらず、歩かせるのか、と。さらに言えば、それによって「勝負せいや!」「コラーッ!」と、一部スタンドを完全に敵に回してしまった。

 この展開からいって、ここで打たれたら終わりである。たとえ1失点であっても、その1点は実際以上の重みを持つ。

 試合後、馬淵に「打たれたら」とは思わなかったのかと聞いた。すると、こう返ってきた。

「そのときはそのときよ。監督の責任。でも、もう打たんやろと思ったよ。監督が腹決めたら、選手も腹決めるんよ」

 それにしても、よくできると思った。「勝負せい!」とヤジる観客もいたが、法兼と勝負する以上に「勝負」に出ていると思った。

 結果、馬淵はこの賭けに勝った。5番打者をセンターフライに抑えてこのピンチをしのぎ、その裏のサヨナラ劇につなげたのだ。

 この試合を観て、二つのことを思った。

 ひとつは、改めて敬遠は勇気のいる作戦であるということだ。

 もうひとつは、試合として実にエキサイティングだったということである。少なくとも、敬遠が「卑怯」だという印象は受けなかった。なぜなら明徳も相応のリスクを背負っていたからだ。

 試合後、法兼も「最後にいいゲームができてよかった。敬遠は光栄なこと」とすがすがしい表情をしていたものだ。

 敬遠策をことさら非難する人の中にある誤解のひとつは、「敬遠をすれば勝てる」と思っているところではないか。もし、そんなアンフェアな作戦であるならば、間違いなくルールとして規制がかかるはずだ。そうならないということは、心情的なものは別として、ルール上、「フェア」だと認められているからだ。

 もうひとつ危険だと思うのは、ゲーム展開を知らずに、敬遠の是非を語ってしまうことだ。

 この試合において、第4打席目までは、敬遠気味の打席はあったものの、「敬遠」ではない。そして、第5打席、第6打席の敬遠策は、十分ありえる作戦だ。ゲームの趣向を壊すものでもなかった。

 あの試合は、やはり明徳の作戦と勝負根性が高知を上回ったのだと思う。

拡大1992年の2回戦、明徳義塾・星陵戦で松井秀喜(星陵)に五つ目の敬遠

 2敬遠でこれだけ興奮するのだから、それこそ伝説となっている1992年の夏の甲子園で明徳が星稜の4番・松井秀喜に対し「5連続敬遠(捕手は座っていたが、いずれもはっきりとしたボールだった)」した試合は、松井が打つところを見たいという気持ちもわからなくはないが、相当スリリングだったことだろう。もっと言えば、名勝負ではなかったか。

 野球は9対1のスポーツではない。あくまで9対9のスポーツだ。そう考えると、敬遠は「逃げ」ではなく、やはり駆け引きの内のひとつだと思う。

 あの試合も、明徳は、闇雲に歩かせていたわけではない。

 以下に、松井を打席に迎えたときの塁上の状況と得点のスコアを示す。

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筆者

中村計

中村計(なかむら・けい) ノンフィクションライター

1973年生まれ。千葉県出身。同志社大学法学部卒。スポーツ新聞記者を経て独立。『甲子園が割れた日―松井5連続敬遠の真実―』(新潮社)でミズノスポーツライター賞最優秀賞受賞。ほかの著書に『佐賀北の夏』(ヴィレッジブックス)、共著に『早実vs.駒大苫小牧』(朝日新書)、『横浜vsPL学園――松坂大輔と戦った男たちは今』(朝日文庫)など。『雪合戦マガジン』の編集長も務める。