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[10]新しい郷土に溶け込む野球留学生たち――鳥取城北と香川西のスタンドで考える

深澤友紀 AERA編集部記者

 甲子園の主役は誰か――。もちろん、「選手」と答える人が多いだろう。だが、その主役たちの選択を非難する声がある。

 10日にあった1回戦、鳥取城北香川西との試合でのことだ。鳥取城北はスタメン9人中、8人が大阪、京都、兵庫出身。一方の香川西は全員が関西と中国地方の県外出身者だった。ある高野連関係者は「県内出身者がいないなんて、もう、どこの県の代表かわからない」と嘆いていた。

「外人部隊」とも揶揄される野球留学。週刊朝日増刊号「甲子園」に掲載のメンバー表をみると、今大会の甲子園出場校でレギュラーの過半数(9人中5人以上)が県外出身者のチームは、光星学院(青森)、盛岡大付(岩手)、仙台育英(宮城)、聖光学院(福島)、浦和学院(埼玉)、日大三(西東京)、東海大甲府(山梨)、福井工大福井(福井)、龍谷大平安(京都)、天理(奈良)、鳥取城北(鳥取)、立正大淞南(島根)、香川西(香川)、明徳義塾(高知)と14校もある。実に出場校の4分の1以上だ。東北や山陰、四国のチームに特に目立つ。一方、北海道、九州・沖縄のチームはほぼ県内出身者だ。

 確かに、181校が出場する激戦区・大阪を勝ち抜くより、鳥取(25校)や香川(40校)の方が甲子園切符をつかむ可能性は広がる。加えて、「あこがれの伝統校のユニフォームを着たい」「信頼できる指導者のもとでレベルの高い野球がしたい」「野球環境が整っている」など野球留学を決意した理由はさまざまだ。

 ただ、こんなチームもある。かつて積極的に県外出身者を受け入れていた酒田南(山形)は、2年前から野球留学の受け入れをやめ、今大会は選手登録18人中16人が県内出身になった。週刊朝日増刊号「甲子園」には、阿彦祐幸監督が「地元の子でもやれる」と実感し、「山形代表として恥ずかしくないプレーをしたい」と意気込んでいる、とあった。

 鳥取城北と香川西の対戦に戻ろう。試合中、両校のアルプススタンドを歩いてみた。

拡大待望の得点に盛り上がる香川西の応援団

 まず香川西。アルプスの一角は、ブルーのTシャツでそろえた応援団で埋まり、「みんなで応援しよう わが郷土の代表 香川西」と印刷されたうちわが揺れている。

 スタンドで目立つのは、少年野球のユニフォームを着た小中学生たち。しかも大阪や兵庫のチーム名だ。聞けば、チーム出身の先輩が出場していて、全員で応援に来たという。

 鳥取城北のスタンドに移動する。こちらのカラーは赤。「TJ」の人文字が浮かぶ。話を聞こうと声を掛けると、大阪、兵庫の人ばかりだ。スタンドには関西弁が飛び交う。そして、やはり少年野球のユニフォーム姿が多い。

拡大甲子園初勝利を決め、校歌を歌う鳥取城北の生徒たち

 両スタンドで「ほとんど(全く)県内出身の選手がいなくても、応援しますか」と尋ねてみた。

 その多くに「当然だ」と不快な反応をされた。(わざわざ応援に来ているアルプススタンドでは当然だが)。そこで三塁側の内野スタンドに移動する。

 高校野球が好きで毎年応援に来ているという香川出身で大阪に住む67歳の男性がこう答えてくれた。

「地元出身の子がひとりもいないのは、正直さみしいわぁ。でも、どの子も必死に頑張ってる。高校野球の感動に県内も県外の違いはないんとちゃうか」

 試合は、4回2死走者なしから5連打で3点を奪った鳥取城北が、香川西の反撃を振り切り、3-1で春夏通じて甲子園初勝利を挙げた。私も取材エリアに急ぐ。

「放送席、放送席」で始まるあの勝利監督インタビューだ。実は、鳥取代表は夏の甲子園で8年連続初戦敗退中だった。

 山木博之監督は9年ぶりの勝利に、

「どんな内容でもいいので、勝って鳥取の方に元気を持ってもらえるようなゲームを、と思っていた。最高の気持ちです」

 と喜びをかみしめていた。

 京都出身の佐藤晃司主将にも話を聞いた。

「勝つことができて、鳥取県のみなさんに喜んでもらえることがうれしいです」

 ものすごく優等生の発言、と思いきや、さらに話を聞くと鳥取への思いが本物だとわかる。

「自分たちは大阪や京都の都会で育ったやつがほとんどで、関西では地元とのつながりも薄かった。でも、鳥取ではすぐに名前を覚えてくれて、よく声を掛けてもらう。そうして見守ってもらっている地域に恩返しがしたかった」

 また、試合や練習後の帰り途中や、休日の街中で、突然声を掛けられたことが何度もあるという。

「打てなかった日に、『佐藤、きょうあかんかったなー。でも、お前が打ってくれるとおれは信じてるから』と知らない方から声を掛けてもらったこともある。自分はこうして地域に見守ってもらって、満足できる高校生活が送れた。引退しても鳥取のみなさんに恩返しがしていきたい」

 都会に育った子どもたちに、初めて故郷と呼べる場所ができたのだ。出身中学だけ見れば、確かに「外人部隊」かもしれないが、選手たちは地域に温かく応援してもらううち、新しい郷土への思いをしっかり育んでいた。

 また、野球留学が子どもたちを成長させる側面もある。

「1、 2年のころは甲子園に出場できず、『鳥取まで来てなんで……』と思っていた」

 と佐藤。その焦りを行動に変えた。野球に対して受け身でなくなり、監督にも野球メニューなどで意見するようになった。

「甲子園に出場できてもちろんうれしいけど、鳥取に来て、野球を真剣にやりきれた、ということがうれしい」

 と胸を張る。

 確かに、高校野球に郷土への思いを重ねる者たちからすれば、野球留学はおもしろくない。私自身も、

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筆者

深澤友紀

深澤友紀(ふかざわ・ゆき) AERA編集部記者

1978年、千葉県生まれ。沖縄の県紙「琉球新報」で運動部、社会部、八重山支局長などを務め、2012年から「AERA」編集部記者。新聞記者時代は、離島勢として初めて実力で甲子園出場を果たした日本最南端の高校・八重山商工や、興南の春夏連覇なども取材。これまで沖縄高校野球名勝負物語「白球の軌跡」や「奥武山球場物語」を企画・執筆し、沖縄の高校野球の歴史に詳しい。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです