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[16]初戦の日程はいつがいいのか?――待たされ続けた秋田商の戦い方

佐々木亨 スポーツライター

 野球は、単純な力関係だけでは計り知れないスポーツだ。天気や気温、甲子園では右から左に流れる特有の浜風も、時には試合の行方を左右することがある。

 その中で、トーナメント戦においては組み合わせも重要だ。対戦校はもちろんだが、日程が勝敗に大きく影響することがある。こと甲子園初戦では、その要素が絡んでさまざまなドラマが生まれてきた歴史がある。今年の夏、初戦前に秋田商の太田直監督は言った。

「相手はすでに1試合戦っているわけですから、ウチが不利なのはわかっています」

 一方、対戦相手である福井工大福井の大須賀康治監督は、試合前にこう言った。

「1試合経験しているのは気分的に全然違います。2試合目は、何としてでも勝とうという気負いもありませんし、選手たちには伸び伸びとプレーさせてあげたいですね」

 49代表の最後に登場した秋田商と福井工大福井の2回戦が行われたのは大会7日目の第3試合だった。閉会式直後の開幕戦で勝利して士気が上がり、かつ甲子園特有の雰囲気を一度味わった福井工大福井に対して、2回戦が初戦となった秋田商。チームの勢い、甲子園の慣れという点で、分があったのは福井工大福井だ。

初戦の最後の登場なのに、さらに8月14日に雨天順延となり、室内で練習する秋田商の選手たち

 だが、秋田商にとって最後の登場となった組み合わせは決してデメリットばかりではなかった。

 秋田県大会決勝が行われたのは7月24日。当初、甲子園初戦は8月14日の予定で、さらに雨天順延で1日延び、実際は15日が試合日となった。実戦間隔の開きは約3週間。

 試合感の薄れを不安視する一方で、選手たちの疲労回復や初戦に向けた準備という点では、その時間は大きなメリットになった。秋田商の県大会でのチーム打率は2割2分6厘。甲子園出場校中もっとも低い数字だった。太田監督は言う。

「打率が低いと言われますが、バッティングの状態が県大会準決勝から上がってきていた中で、その状態は大阪に入ってからさらによくなっていきました」

 福井工大福井戦では、県大会から打順を組み替えた。5番打者を4番に、4番を打っていた三浦健太郎を8番に下げた。実は、県大会での三浦は腰痛を抱えたままプレーを続けた。強行出場のなかで4番を担った。そのため、県大会決勝が終わってから甲子園初戦の4日前まで、練習はほとんどできなかった。逆に初戦まで時間があったことで三浦は治療に専念できた。

 エースの近藤卓也も然りだ。県大会準決勝で利き手である右手の指を痛めて、患部の抜糸をしたのが8月2日のことだった。

「僕にとっては、少しでも試合間隔が開いたほうがよかった」

 試合前、太田監督はこう言っていた。

「指は完治せずに、皮がはがれて、やっと乾き始めている状態。まだ、治りかけです。ピッチングも初戦の数日前に再開したばかりです。でも、実戦から離れて不安がる子でもないので、試合間隔が開いたのはウチにとってはよかったと思います。100%とは言えませんが、現段階ではベストの状態です」

 試合は、不安視されていた打線が初回に爆発する。腰痛が癒えた8番三浦の中前2点適時打などで4点を奪う。序盤3回で7得点。その攻撃力は、初戦に照準を絞り、長い期間で打撃を見直し、強化してきた成果だったと言える。先発の近藤は立ち上がりこそ2点を失うが、2回以降は自分らしさを取り戻して福井工大福井の攻撃を抑えた。結果は8対3。試合前の大方の予想を覆して大量点を奪った秋田商が、15年ぶりに夏の甲子園で勝利を手にした。

 試合後の太田監督だ。

「この日程での初戦、またこういうパターンで初戦を迎えるのが本当にいいのかわかりませんが、結果的に相手チームの開幕戦の映像をじっくりと見られたこともよかった。また、時間を使ってバッティング練習を集中してできたこともよかった。各校の甲子園での試合を見て、正直、焦りはありました。でも、ウチにとっては初戦まで時間が開いたことはやはりよかったと思います」

 秋田商の船山毅部長はこう証言する。

「監督は、野球の前に普段の学校生活をきっちりとやらせる人です。だから、甲子園に来ても『浮かれるなよ』と、毎日のように選手たちに言っていました」

 選手たちのモチベーションを維持しながら、彼らのメンタルへの配慮を忘れなかったことも、秋田商の勝因の一つと言える。

 甲子園の抽選会を前に、多くの監督はこう言う。

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