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【復興リーダー会議】職務への情熱と部下への信頼~リーダーに求められることを考える 折木良一・前防衛省統合幕僚長

WEBRONZA編集長 矢田義一

 慶應義塾大学グローバルセキュリティ研究所(G-SEC、Global Security Research Institute)による「復興リーダー会議」は7月、東京・三田の同大キャンパスで4回目の議論を展開した。当日のキックオフスピーチのうち、折木良一・前防衛省統合幕僚長による「東日本大震災における防衛省・自衛隊の指揮活動」を紹介する。

 なお、本記事はWEBRONZA×SYNODOS復興アリーナと連動しています。

東日本大震災における防衛省・自衛隊の指揮活動

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■過去最大規模の震災・原発事故対応

私は約40年、自衛隊に奉職してきました。そのなかでは、いろんな経験がありますが、最後の約3年間の統合幕僚長の時代の、そのまた最後に、不幸にも発生した東日本大震災への対応にあたりました。統合幕僚長というのは、陸、海、空の部隊を一元的にまとめて運用するのが仕事です。すべての自衛隊の運用に関して、軍事的な専門分野については統幕長が指揮をします。その職務を通じて防衛相を補佐し、その命令を執行します。

昨年3月11日に発生した東日本大震災と、その後の福島原発事故対応では、自衛隊としての全力であたりました。全体で23万人のうち10万7000人を振り向ける体制で、過去最大の規模でした。

なぜ、この規模になったのか、できたのか。そのポイントは、自衛隊本来の任務である防衛・警備の任務とどのようにバランスをとるかということでした。

まず、やはり本来の任務である防衛・警備をどのように考えたのか。自衛隊は、我が国周辺の情勢は毎日、毎日フォローし、いろんな形で情報を収集して分析しています。だいたいどういう態勢を整えておけばいいかということは毎日判断しているわけです。

陸、海、空の部隊をそれぞれ、例えば、航空自衛隊のスクランブル体制、ジェット機の配置。尖閣諸島も含めていろんな問題がある東シナ海は船舶をどう振り向けておくか。陸上自衛隊では、どういう部隊をどこの現場においておけばいいか。それらすべてを把握しています。

そういう情勢判断を踏まえ、北海道から南九州、沖縄までの部隊をすべて見回し、だいたい12、3万人ぐらいは東日本大震災への対応ができるだろうというのが、私の判断でした。それは大臣にも申し上げました。当時の菅直人首相からも最終的には10万人体制というご指示がありました。結果的に、後方部隊もふくめて10万7000人体制ということで、実行したわけです。

■現場のことは現場に任せる

ただ、自衛隊もこんな大規模な災害は経験がありません。当時はこの局面で、どうやって国民の生活と安全を守るか、人命救助をするか、被災地を復旧させるかのということが頭の中を駆けめぐるようでした。できるだけの部隊を集中しなくては、との思いが私自身にありましたし、私の周囲でもそうでした。

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今回は災害対応では初めて、陸、海、空からなる統合の部隊を編成しました。その運用ということでは現場が非常に大事になります。指揮官には、東北の仙台にいる総監をあてました。東北6県の防衛・警備を担当している責任者です。彼に指揮官になってもらい、陸、海、空の部隊を編成させ、指揮をしなさいというかたちを採りました。自衛隊というのは、それぞれの地域で、日ごろから行政組織、各国民の地元の人たちと非常に密接なつながりがありますから、地元の事情には通じています。それがいざという時に大事です。

しかし、ただ、「やれよ」と言ってもだめです。問題は、その組織を実質的に機能させようとすることです。そのためには、機能させるだけのスタッフをつけてやらなければならない。スタッフがいなければ組織は動かせません。それも通常のスタッフではなく、有事に対応できるスタッフが必要になる。中央省庁や各自治体、米軍との調整などを迅速に行っていく必要がありました。平時の組織にプラスアルファの陣容にしなければ、その組織は活動できない。ですから、発生直後から十分なスタッフを派遣し、組織を整えたうえで、3月14日に編成を完了しました。

中央で危機管理を指揮すると、組織が混乱する場合があります。現場のことは現場に任せる。また、危機管理上の組織というのは、極めてシンプルにしないといけない。これは危機管理上のひとつの鉄則です。ですから、窓口をひとつにして、当然ながら権限を与え、責任も持たせる。今回はそれらをしっかりやることができたのではと思っています。

■日本には北海道と名古屋以南しか残らない

東日本大震災は、大震災と津波災害という巨大な自然災害と、原発事故への対応が求められました。この2正面の対処というのは、自衛隊にとっても初めて。放射線がある状況下でいろんな対応をしました。

あえて言えば、震災・津波の被害というのは、起こってしまえば、だいたいそれ以上大きな変化はない。変化のないなかで、人命救助とか、ご遺体の収容に向かう。ところが、原発事故対応というのは、毎日毎日状況が変わる。その状況に関する情報も本当に正確なのか、正確でないのか、分からないなかで対応していかなくてはならない。そういう意味でも、原発事故対応というのは、中央との連携もとても必要とされた。そこをわれわれ統幕が中心となって、担っていきました。

実際にいろいろな場面での決断がありました。マスコミなどでは、いろいろな指摘をされましたが、象徴的なのはヘリによる放水です。

ヘリによる放水を考えた時に、まず隊員の安全確保をしなくてはいけないということがあります。同時に、あの状況ではどうしても、一滴でも二滴でもいい、効果があるのか、ないのかという前に、一滴でも二滴でも落とさなければ、この国はとんでもないことになる。それが私の認識でした。後からいろいろ言うことはできますが、本当にあの段階で何もせず手をこまぬいていれば、最悪の場合、東北3県、さらには東京都も含めて汚染され、日本には北海道と名古屋以南しか残らないと思ったんですね。

要するに、福島第一原発の1号機、3号機を抑え切れずに、4つの原子炉が暴走してしまったら、これはとんでもない世界になる。そういうすさまじい危機意識があった。だから、そういう中では、完全ではないかもしれないけれども、一滴でも二滴でも落とさなくてはならないというのが、任務上の判断でした。

とは言いながら、先ほど申し上げたように、隊員の安全確保も図ってやらなくてはなりません。ですから、そのジレンマはすごいものでした。ただ、原発事故への危機意識からすれば、撤収するということは、私の立場からすると非常に厳しかった。「おい、やるぞ」と言った瞬間に、「本当にやるんですか」というものすごい視線を感じました。本当はそんなことはないのかもしれません。自分だけが感じているのかもしれません。しかし、私にはそう感じられました。しかし、やると決断した以降は、力を合わせてというか、では、具体的にどうやっていこうかという方向に全体の力が向かっていきました。

指揮官、リーダーは、どのリーダーもそうだと思いますが、孤独だと言われます。日ごろから多くのスタッフに囲まれていて、そんなに孤独なわけがないだろうという見方をする人もいます。しかし、修羅場に遭遇すれば、やはり指揮官は孤独なのです。最後に決断をして、責任をとるのは自分しかいないのです。決断をするということは絶対にリスクを伴います。それは、どんなことでも同じでしょう。ビジネスの儲け話にしてもそうかもしれない。ひょっとしたら儲からないかもしれない。決断をするということはリスクを伴う。それを乗り越えていけるのがリーダーなのだと思っています。

もちろん、指揮官は孤独だと言っても、いつも自分は孤独なのだと思っているのではありません。そういう決断を迫られる局面でそういうことを感じることがあるということです。通常は私はそんなに孤独だなどとは感じないで、リーダーとして生活できると思います。しかしながら、今回の大震災ではリーダーの孤独ということを改めて感じてきたところです。

いずれにしても、原発の震災後の対応もそうですが、現実から逃げる訳にはいきません。現実をしっかり見つめることです。組織のトップも現場のリーダーも現実を見つめ、それぞれの責任から、自分の任務から逃げない。それが求められていると私は思います。その原点となるのは、自分の仕事、任務から逃げないということだと思います。

■危機管理における「組織の組織化」

危機管理にあたるときはまさにそれが問われる訳です。危機管理にもいろいろあります。よく、想定外、想定内などといいますが、基本的には想定外に対応することが危機管理だと思います。こちらが想定をした通りの事態について、十全に準備をしてきちんと対応できているのは、危機管理ではなく、通常の対応だと思います。

想定外に対して、ちょっと論理が矛盾するところがありますが、ひとつは平時から、平常時から、リスクを想定し、被害を見積もって、計画を立て、準備を整え、訓練をする。こうしたことが危機管理の7割がたを占めるのではないでしょうか。災害でいえば、可能性が高まっているという首都直下型地震への備えなどは非常に大事だと思います。

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もうひとつが、何かが起きた時にどうするか、ということです。一番肝心なことは初動です。一番最初の対応です。これが、1週間経ち、2週間経過した後は、何とかなっているわけです。例えば、人命にしても48時間、72時間と言われます。それ以内に救助しなくてはいけない。やはり、そうした初動が一番大事です。

そこはもちろん、現場は現場で頑張りますが、中央の組織がいかにリーダーシップをとってやるかということが重要になります。まずは、中央の組織同士が横の連携をしっかりとりながら初動にあたれるか。大きな危機に対応するには、縦割りだけでは、とてもじゃないが、うまくいきません。今回もそうだったのでは、と私は思っています。

実際、昨年の大震災発生直後、動けたのは、自衛隊、消防、警察の実働隊でした。最初はそういう状況でした。そのなかで、ご遺体の収容はもちろん、埋葬したり、がれきの処理をしたり、全国的な輸送をやったり、ということに取り組みました。しかし、これは本来、関係省庁が仕切って、自治体をサポートしながらやっていくのが本当の筋だと思います。

もちろん、初動の時はやれることは何でもやらなくてはなりません。人命が一番大事ですから、そこに文句を言うわけではありません。しかし、やはり日ごろから私は言っているのですが、いざという時は「組織の組織化」が出来ているかどうかが、極めて重要なのです。

一口に組織といっても、縦系列の組織は日ごろから訓練もされ、制御されています。ところが、横の関係にある組織とは、なかなか訓練する機会もない、シミュレーションもしていないということで、連携が思うにまかせません。これからは、ここをさらに重点的にやっていくべきだと思います。

縦の系列は、よくできず任務を果たせなければ、「給料減らすぞ」「首にするぞ」で終わり。ですから、みんな言うこと聞くのです。ところが横の系列はなかなか言うことをききません。そこが最も問題で、危機管理にあたって私たちは、ここに留意していかなくてはいけないでしょう。

■リーダー像の4つの分類

やや横道にそれるようですが、私はこの間退官しまして、郷里の倉庫に詰め込んでおいた本や資料を整理したのですが、その時に花井等さんという方の「国益と安全保障」という本が出てきました。茶色くなっていて、もう絶版の本です。そのなかに、興味深いリーダー論があったので、ご紹介します。

ポイントは、「目標設定」と「部下をよく使う」という観点から、リーダー像を4つに分類しているところです。

組織をリードするには、目標設定はどんな場合でも必要です。目標は明確にしなくてはいけません。これは絶対にはずせない要素でしょう。もうひとつの「部下をよくつかう」というのは、リーダーとはいえ、一人ではなしえないことを組織で達成するのですから、これも重要です。

組織とは人間の集合体。これを動かして一人ではできないことをする。まして、今の世の中はますます複雑になってきています。いろいろな専門的な知見なしに一人では判断ができないことが多い。したがって、専門性を備えたスタッフをどう使うかということがものすごく大事だと私は思います。それらを考え合わせ、この本の内容には「おっ」と思ったので、紹介させていただきます。

4つのタイプは、有能・指導者型、ワンマン型、行政・管理型、無能型と分けられています。

第一の有能・指導者型は、プラス・プラス型というか、目標設定をして、部下もよくつかうタイプです。たとえば、所得倍増計画を打ち出した池田勇人みたいな人でしょうか。前尾さん、大平さん、宮沢さんとか部下の官僚たちをよく駆使しました。

ワンマン型は目標を掲げるが、部下は使いません。吉田茂とかですかね。行政・管理型は佐藤栄作総理とか。無能型はさすがに個人名は書いてありません。

では、平時と有事ということを考えるとどうでしょう。今までのリーダーは平時の行政・管理型でよかったと思うのですが、これからは違うでしょう。今日の社会のように複雑で、経済も右肩下がりの時代になってきた場合は、どうしてもしっかりした目標を掲げる必要があります。有能型でもワンマン型でもいいが、とにかく明確な目標設定が求められるようになってきていると思います。

さらには、「運」です。戦いや戦争などの話になると、「運」というのも無視できないようです。日露戦争の時の日本海海戦における東郷平八郎の話があります。彼の場合、なぜ連合艦隊司令官に選ばれたのか。「運」で選ばれたようなところがあるというように司馬遼太郎は書いています。確かに、その人についてまわる「運」というのも大事なのです。それは軍隊だけでなく、他の組織にも当てはまるものだと思います。

人生、「運」がずっと続くとは思いませんが、「運」はできるだけ大事にした方がいい。また、いざという時には、リーダーとして周りの人材を見るときも、そういう目でスタッフを見ることが大事だと私は思っています。

また、組織管理上の性善説と性悪説というのがあります。基本的に私は陸上自衛官ですから、人を土台にして、人の中で育って、人が大事だという環境で育ってきています。ですから、どんな厳しい任務、訓練にあたる時も、周りの人たちを信頼するということを第一義に考えてきたつもりです。これは、私のやり方、思いで、正しいと確信しています。

ただ、組織を管理するうえでは、性悪説というか、「この組織はまだだめだな」「この人間はまだだめだな」というように考えながら、目標を設定し、それに近づくように管理していくことが必要です。性悪説といっても、窃盗癖があるとか、そういうことではありません。人間としての弱さ、人間の集まりである組織としてのもろさのようなものを認識しておくということです。

組織を要求されるレベルにもっていくのは難しい。人間も弱いし、組織も弱いから、常にまだまだ「だめだ、だめだ」と思って、管理していくぐらいがちょうどいいのです。このことが大事だと、50歳を過ぎてから思うようになり、周りにも言い始め、実践してきたつもりです。

もちろん、人に何かを任せて実行させるときには基本的にその人を信用することです。信用してやらせないといけません。自分の仕事を委任する時には、疑ってやらせたらだめです。心底から信用し、自分の権限を付与してやってもらうことを基本にすれば、うまくいくはずだと思っています。

次に部下との信頼関係について考えましょう。どうやったら部下がついてきてくれるか。これはよくよく考えたのですが、やはり、リーダーが自分の仕事に対する、熱意、情熱、愛情が強いということが大前提になるでしょう。日ごろ酔っぱらって、ちゃらんぽらんでも、いざ肝心な仕事になると、ものすごい情熱をもって、ことにあたる。一度決めたら執念をもって仕事をやり抜く。そういう人間のことは必ず、下も分かっています。

私は、上司に対する、部下の見方というのは、非常にクールで、客観的なところがあると思っていますが、それでも、ついてきてもらう必要がある。ついてきてもらって初めて、信頼関係ができる。委任する時に「お前に任せた」という上司の信頼感と、「上司は、しっかり組織のことを考え、自分のことを考えてくれている」という任された方の信頼感。このつながりはどんな時にも役に立つし、これあればこそ部下が任せた仕事をうまくやってくれると私は思っています。

■リーダーの育て方

リーダーの育成方法についても触れましょう。自衛隊の幹部自衛官を例にしますと、小隊長、中隊長、大隊長とあります。小隊長は30人くらいのリーダーです。中隊長はだいたい100人から200人のリーダー。大隊長は1000人ぐらいを率います。

まず、最初の30人のリーダーを育てます。大学を出た後に幹部候補生学校を出て、最初の2年くらいで、30人を管理するように一生懸命教育をする。そして、5年後になった時に100人、200人のリーダーになる教育をする。それから、10年後にまた、と段階的にやるわけです。

ただ、これはあくまで学校教育ですから、あとは現場でそれぞれポストが与えられ、その実践のなかで、上司がしっかり教育をして鍛えていく。ものの見方、考え方、部隊の運用などをやっていく。そういう体系的な教育を続けていくのです。

どちらかというと、何にもないときは、自衛隊というのは、教育、訓練をやっているわけです。教育、訓練が100%なのです。教育、訓練をやるということが、自衛隊の仕事であるわけです。ましてや、危機管理に対応するための組織であるわけですから、非常時にそなえた訓練をやる。やり続けているわけです。そういう組織です。ですから、いざというとき、先般の大震災もそうですが、これで機能しなかったら、日ごろ自衛隊は何をやっているのだ、という見方をされるのは当たり前の話です。

しかし、そういう教育、訓練を続けていますが、学校教育だけではなかなか人は育ちません。経験を重ねるにしたがってそれぞれの年代で与えられるポストに応じて、一般的な常識を含め、非常に客観的に評価をして、訓練をしていくことが大事なのです。それに加え、実践的な訓練でいろんな状況を付与しながら、「君の判断は正しい」とか、「正しくない」とか、「部隊をなぜこういうふうに動かしたのか」などと詰めていく。そういう評価を日ごろから繰り返していくわけです。そういうなかで、人間関係も含めて育っていく。ポストや環境が人を育てていくのです。

最後に、リーダーはリーダーを育てる責任があるということをお話しします。組織のなかで自分だけがリーダーとして成長すればいいわけではありません。日ごろから、その組織を大事に思ってやっていくためには、後継を育てるという責任があります。自分がリーダーになったときには、一人か、二人の、「本当にこいつは育てなければいけない」という、次の世代を育てていくというのも大きな責任です。それを続け、積み重ねることが、その組織を強靭な立派なものにしていきます。次代のリーダーたちも自分を育ててくれたリーダーたちが自分をサポートしてくれるという信頼感のなかで、力を存分に発揮し、さらに大きく飛躍できるのではないでしょうか。

最後の最後での大震災対応など、私がこれまでやってこられた源泉は、現場で約40年やってきた経験そのものと、私の後ろには陸海空の自衛隊がいるという意識です。これがあるから、私は、このようにみなさんにお話をする立場になったし、何事に対する対応も自信をもってできている。自分の経験と自衛隊という後ろ盾があるからこそ、東日本大震災にも私なりに対応ができたのだと思います。

私は陸上自衛官ですが、統合幕僚長として、海上自衛隊の部隊を最後に指揮させていただいたことにも感謝しています。今も防衛省に行くと、海自の人も会釈してくれる。無視しない。涙が出るくらいうれしいです。充実した勤務が終えられたと思っている。自分が働いてきた組織には非常に感謝しています。

折木良一(おりき・りょういち)

 前防衛省統合幕僚長。1950年、熊本県津奈木町生まれ。八代高校、防衛大学校を卒業後、47年、自衛隊入隊。第9師団長(青森県)、中部方面総監(兵庫県)、陸上幕僚長などを経て平成21年3月から第3代統合幕僚長に。東日本大震災で10万人の陣頭指揮を執った。2012年1月31日退官。

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