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【ニューヨークから】 錦織圭がトップ10入りするためには?

大坪正則 大坪正則(帝京大学経済学部経営学科教授)

 テニスの錦織圭選手は間違いなく日本が生んだ最高級のプレーヤーだ。彼のプレーはテレビを通じて何回も見ているが、直に見たのは今回のUS(全米)オープンが初めてだった。9月1日(土)は朝の11時から22時まで楽しんだ。もともとは当日の夜の部(19時~)のチケットを取得していたが、錦織が11時から3回戦でベスト16を目指して試合をすることになり、彼の応援を兼ねて、朝早くからビリー・ジーン・キング・ナショナル・テニスセンターに出かけることにした。

 私は、NBAとの仕事に加え、1992年から1994年までの3年間、男子世界テニスATPツアーの日本におけるテレビ放送権を管理・販売したことがある。仕事上、テニスの試合を見ることも重要なので、機会を作っては、一流選手の試合を見させてもらっていた。

 ボリス・ベッカー(ドイツ)の最後の試合はフランクフルトで見たし、ステファン・エドベリ(スウェーデン)とモニカ・セレシュ(アメリカ)の全盛期を存分に楽しんだ。4大タイトルのうち、オーストラリアとフランスには仕事の用事がなかったので、この2大会は観戦の機会がなかったが、イギリスのウィンブルドンとUSオープンは何回も観戦することができた。その間、最も多く見たのが、男子はピート・サンプラス(アメリカ)とアンドレ・アガシ(アメリカ)、女子はシュテフィ・グラフ(ドイツ)だった。

 そんな経験を踏まえて錦織を見た。彼が世界ランク18位、USオープン第17シードに対して試合相手のマリン・チリッチ(クロアチア)は世界ランク13位、第12シード。ランキングから判断する限り、力は互角と思われた。しかし、実際の力の差はランクの差よりもはるかに大きく、試合は彼の完敗だった。

 相手サーブでジュースまでは何回も持ち込んだが、1セットしか取れなかった。これでは勝つことができない。結局、勝負どころで実力通りの力を発揮するチリッチの壁を突き破ることができなかった。敗戦の最大の理由は、

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筆者

大坪正則

大坪正則(おおつぼ・まさのり) 大坪正則(帝京大学経済学部経営学科教授)

1947年生まれ。1970年、伊藤忠商事に入社。1981~85年まで、アメリカのニューヨークとデンバーに駐在。情報通信総合企画室などを経て 1986年、NBAプロジェクトマネジャーに。現在、帝京大学経済学部経営学科教授。専門はスポーツ経営学。著書に『パ・リーグがプロ野球を変える』『スポーツと国力』(以上、朝日新書)、『プロ野球は崩壊する!』(朝日新聞社)、『メジャー野球の経営学』(集英社新書)など。2014年3月4日、死去。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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