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“人間”を見抜けない記者の“直観力”衰退

水島宏明

水島宏明 ジャーナリスト、上智大学文学部新聞学科教授

 「この人、いかにもウソつぽいよね。それなのに記者さんはなぜだまされてしまったの?」

 テレビニュースを見ていた小学生の娘が私に疑問を投げかけた。娘が見ていたのは森口尚史氏(東京大学客員研究員)が10月15日に帰国した直後のインタビューだ。小学生にそう問われて私には返す言葉がなかった。

 「さきほど東京大学の方に辞意の方をお伝えいたしました」

 「私は……私自身のアレとしては自信を持っているんですけど……」

 記者団に囲まれ、目をパチパチさせて絶叫するように話す森口氏。48歳の大人の奥行きをあまり感じさせずツルンとした印象だ。目を閉じたままで話すなど仕草は芝居がかっていて幼児性も垣間見える。自身が関与したと主張していた6例の移植のうち5例は虚偽だと認めたが、1例だけは間違いなくやったと繰り返し主張していた。

 そんな森口氏の少し前の証言を元に報じたのが、読売新聞の10月11日朝刊の1面トップ、「iPS細胞の心筋移植 初の臨床応用」の記事だ。読売新聞は3面でも詳しく解説。森口尚史・ハーバード大学客員講師らがiPS細胞(人工多能性幹細胞)から作った心筋細胞を重症の心不全患者6人に移植する世界で初めての臨床応用を実施した、と伝えている。

 後を追った共同通信も森口氏にインタビューし「一面トップ級の扱い」で記事を配信。西日本新聞や北海道新聞などが報じた。産経新聞は本人には接触しないままに同様の記事を載せた。

 テレビでは日本テレビが独走した。11日昼の「ストレイト・ニュース」で「アメリカで『iPS細胞』使った世界初の治療が実施された」と報道。ニューヨーク特派員が現地の国際会議に出席していた森口氏に接触して独占インタビューした。「患者は今どういう状況か?」という記者の質問に森口氏は「元気に普通に社会復帰しています」と答えた。夕方の「news every.」や夜の「ニュースZERO」では「ハーバード大学の倫理委員会が動物実験のデータを元に暫定的に承認した」が、日本にはこうした暫定承認の制度はないと伝えた。心臓に難病を抱えた子どもの母親が「早く臨床の現場で使えたら」と期待を寄せるインタビューと合わせて放送した。テレビ朝日は11日夕方のニュース「スーパーJチャンネル」で森口氏の主張内容を速報した。またニュースでは伝えずとも情報番組で読売新聞の記事を引用して伝えた民放テレビは複数存在する。

 しかしその後、ハーバード大や一緒に実施したとされる研究者が移植治療の実施そのものを否定。ハーバード大学客員講師という肩書きも現在のものではないと指摘され、共同通信を始め、産経新聞、日本テレビ、読売新聞が相次いで「誤報」だったことを認めた。発端になった読売新聞は社長が

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