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警察は猛省後に意地を見せよ

緒方健二

緒方健二 朝日新聞西部報道センター記者

 他人のパソコンを乗っ取って遠隔操作し、犯行声明を送り付ける。そんなことができるとは、パソコンを日常的に使っているのに基礎的な知識が乏しい私には驚きでした。ところが専門家に言わせると、それほど難しくはないそうです。無関係の4人が警察に誤って逮捕された今回の遠隔操作事件で思い知らされたのは、ネット犯罪捜査のお粗末さと真犯人の不気味さです。

●裏目に出た「犯行予告」の捜査方針

 インターネットの匿名性をいいことに、「施設を爆破する」だの「Aを殺す」だのという犯行予告をメールで送り付けたり、投稿サイトに載せたりする事件は珍しいことではありません。多くは実行されないので、警察は脅された側への連絡と警戒要請、爆発物の有無を調べる程度で、犯行予告をした犯人捜しにはそれほど熱心ではありませんでした。

 方針を変えたのは2008年です。6月にあった東京・秋葉原無差別殺傷事件がきっかけでした。逮捕、起訴された男が掲示板サイトに犯行予告から実行宣言に至る30回もの書き込みをしていたのです。「秋葉原で人を殺します」と題し、直前の当日昼の「時間です」までつらつらと。でも警察がこれを知ったのはすべての凶行が終わった後の当日夜でした。

 以来警察は、ネット接続業者らの団体にこの種の犯行予告を見つけたらすぐに110番通報するよう頼みました。同時に取り締まりを強め、送り主を積極的に逮捕するようになりました。「つまらんことをすると警察は黙っていないぞ」という姿勢を示すことで抑止を狙ったのです。

 同種事件の摘発件数をみれば明らかです。前年07年の118件が、08年に254件に急増しました。今年1~6月も112件あります。今回の誤認逮捕もその延長線上での出来事でしょう。

●容疑者特定はIPアドレス

 7月1日、横浜市のサイトに小学校襲撃予告を書き込んだとして神奈川県警が男子大学生を逮捕。8月26日、大阪市のサイトに無差別殺人予告を投稿した容疑で大阪府警がアニメ演出家の男性を逮捕。9月には、東京都内の幼稚園と有名子役の所属事務所に襲撃予告をしたとして警視庁が無職男性を1日に、伊勢神宮を破壊するとネット掲示板に書き込んだ容疑で三重県警が無職男性を12日にそれぞれ逮捕しました。

 警察が4人を逮捕すべき容疑者と断定した根拠は「IPアドレス」でした。パソコンごとにネット接続業者から割り振られている数字の羅列で、1台にアドレスひとつですから「ネット上の住所」ともいわれます。サイトや掲示板などに接続するたびに記録が残るので、警察は捜査で重宝しています。

 この4件でも警察はまず、IPアドレスを調べて犯行予告を送ったパソコンを特定、4人を怪しいとにらみました。所有者がAさんだからAさんが容疑者とは、さすがに即断しません。同居している家族や知人ら、Aさんのパソコンに触れることのできる人から事情を聴き、予告が送り付けられた時刻にAさんがパソコンを操作することが可能だったかを確かめたうえで判断します。

 こうした捜査の末に4人を逮捕しました。大阪府警と三重県警に逮捕された人は、ともに容疑を強く否認していたし、警視庁と神奈川県警に逮捕された2人は認否が揺れ動きました。否認や供述が揺れているときは慎重に捜査を進めるものですが、「どんな事件でも、このごろの容疑者は素直に容疑を認めない。容疑者はそんなもの」(捜査幹部)という思い込みが警察にあったのでしょう。

 加えて「この手の犯行予告事件は、殺人や強盗などの凶悪犯罪と違って罪名は威力業務妨害や脅迫。それほど力を入れるべき事件ではないと考えがち。だから捜査には警察本部の腕っこき捜査員を投入する必要はなく、警察署で十分対応可能」(捜査員)と、この種の事件を軽視しがちだったことも災いしたようです。

●往生際の悪い迷走

 三重県警は、逮捕後の捜査で、大阪府警の協力を得て逮捕した人のパソコンに遠隔操作可能なウイルスが仕掛けられていたのを見つけます。犯行予告を送ったのはこの人ではない、と9月21日に釈放しました。大阪府警も逮捕した人のパソコンに同じウイルスに感染していたことを突き止め、三重県警と同じ日に釈放しました。でもこの人はすでに検察に起訴されていました。

 警視庁は「本人が認めている。メール送信の具体的な方法をつづった上申書まで書いている」と逮捕に自信を持っていました。「確認を」と警察庁に背中を押されて渋々パソコンを調べたところ、遠隔操作プログラムが起動した痕跡を見つけました。逮捕男性の釈放は9月27日でした。

 神奈川県警が逮捕した大学生は19歳で、遠隔操作疑惑が表面化したときにはすでに家裁の保護観察処分が確定していました。逮捕直後に大学生が容疑を認める上申書を書いたことや、襲撃予告を書き込んだ動機を説明したことなどを理由に県警もまた大学生の犯行と自信を持っていました。ところが10月上旬、東京都内の弁護士と民放のTBSに届いた「犯行声明メール」で言い分は崩れます。

●警察を屈服させた「真犯人」のメール

 メールは真犯人からのものでした。弁護士には10月9日、TBSには翌10日に届きました。「私が真犯人です」と題したこのメールは、誤認逮捕された4人のパソコンを自ら開発したウイルスに感染させて遠隔操作し、犯行予告を送り付けたと明かしただけでなく、ほかに9件の犯行予告への関与を告白しています。うち6件は表面化していませんでしたが事実でした。

 6件は、首相官邸サイトに書き込まれた無差別殺人予告や学習院初等科にメールで送られた襲撃予告、部落解放同盟へのメールによる襲撃予告などです。これらは実際にかかわった者にしかわからない「秘密の暴露」で、警察は、警視庁などが逮捕した4人は潔白との見方を一層強めます。

 とくに警察庁は「誤認逮捕は明白。身勝手な主張を取り下げ、誤認逮捕してしまった人にお詫びして『真犯人』特定に力を注ぐべきだ。このままでは警察批判がさらに強くなる」と焦りました。4都府県の警察本部に、謝罪するよう働きかけます。それでも抵抗する警察本部があったようで、

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筆者

緒方健二

緒方健二(おがた・けんじ) 朝日新聞西部報道センター記者

朝日新聞社会部員(組織暴力専門記者)。1958年大分県生まれ、同志社大卒。毎日新聞社を経て88年入社、92年東京本社社会部。警視庁警備・公安、捜査1課、国税などを担当、99~2004年警視庁キャップ。東京社会部デスクを経て、04年から警察・事件担当の編集委員。地下鉄サリンなど一連のオウム真理教事件のほか数多の殺人、贈収賄、暴力団犯罪などを取材。17年4月から西部報道センター。

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