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[2]神風

中村計 ノンフィクションライター

 稲光と、轟音。

 その間隔が少しずつ短くなっていた。

 2007年7月16日、海の日。中日ドラゴンズが毎年スプリングキャンプを張ることで知られる沖縄県・北谷公園野球場では、沖縄大会の決勝戦が行われていた。

 奇しくも、午前10時13分ごろ、新潟県中越地方沖でマグニチュード6・6の地震が発生し、新潟県や長野県の一部地域に震度6強の揺れをもたらした日でもある。

 あのスーパキャッチがなかったら――。今にして思えば、おそらくは、興南の2010年春夏連覇もなかったのではあるまいか。

 決勝戦は、優勝候補の最右翼だった浦添商と、ダークホース的な存在の興南の顔合わせとなった。

 浦添商の監督、神谷嘉宗は、それまでに二度、沖縄大会の夏の決勝戦を経験していたが、いずれも敗退していた。ただ、この夏は「これまででいちばん手応えがあった」と勝利を信じて疑っていなかった。

 「あのときは、うちの方が力があると思っていましたから。準決勝で中部商に勝ち、勢いに乗っていたということもありましたしね」

 中部商はもうひとつの優勝候補で、準決勝がいわゆる「事実上の決勝戦」と見られていたのだ。

 ところが、そんな予断は裏切られた。

 1回表に興南が1点を先制し、4回裏に浦添商が1-1の同点に追いつく。するとセンター横の濃緑の木製スコアボードには、以降、ひたすら「0」が並べられた。

 そして9回表終了後、まるで水入りと言わんばかりに、スコールによって試合が26分間中断する。試合再開後、興南が9回裏に八つ目の「0」を並べると、中継を担当していたアナウンサーはこう叫んだ。

 〈89回目の夏、決勝は、延長戦にもつれこみます!〉

拡大興南対浦添商の10回表、興南無死一塁、犠打を取ろうとした投手の伊波は、ぬかるみで足を滑らせ落球する。それほど雨は強かった=200年7月16日

 延長11回裏。

 興南は、四球と安打でツーアウト一、二塁のピンチを招く。浦添商の左打席には、3番打者。上背はさほどないが、巧さと力を併せ持った打者だった。

 興南外野陣は「極端に引っ張るか、流す打者」というデータに従い、右中間を大きく開けていた。

 そして、初球――。

 9回途中からマウンドを継いでいた左腕の幸喜(こうき)竜一は、置かれていた状況とは正反対に落ち着いた口振りで思い起こす。

 「内にスライダーを投げようと思ったんですけど、内から真ん中に入る甘いスライダーになってしまって」

 身長170センチ、体重68キロ。小柄な幸喜の生命線は、緩急とコントロールだったが、そのひとつを失っていた。

 快音が幸喜の鼓膜を揺らす。振り返ると、打球は灰色の雲に覆われたライト上空にあった。右翼手はライト線を締めて守っていたため、地上はガラ空きだった。

 「試合に集中していたので、サヨナラだってことも忘れていました。それで、打球が飛んでる途中で、あっ、抜けたらサヨナラなんだ、って思い出しました」

 悲鳴と歓声が絡み合う中、浦添商が陣取る三塁側ベンチから身を乗り出していた神谷の脳裏には、はっきりと「甲子園」の3文字が浮かび上がっていた。

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筆者

中村計

中村計(なかむら・けい) ノンフィクションライター

1973年生まれ。千葉県出身。同志社大学法学部卒。スポーツ新聞記者を経て独立。『甲子園が割れた日―松井5連続敬遠の真実―』(新潮社)でミズノスポーツライター賞最優秀賞受賞。ほかの著書に『佐賀北の夏』(ヴィレッジブックス)、共著に『早実vs.駒大苫小牧』(朝日新書)、『横浜vsPL学園――松坂大輔と戦った男たちは今』(朝日文庫)など。『雪合戦マガジン』の編集長も務める。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです