小塚崇彦、町田樹から学んだこと
2012年11月09日
しかしショートプログラムでは終わらないのが、フィギュアスケートの試合のおもしろさでもある。SPを終えて2位の小塚崇彦とは約10点差をつけての1位。フリーでもしも同じことが起きたら――4回転のトウループとサルコウを成功して勝てたら、羽生結弦はもう本当に怪物だろう、と誰もが思った。
これだけ注目され、期待され、世界最高得点というお膳立てまでされてしまった。公式練習では相変わらず好調で、フリー当日も何事もないように2種類の4回転を決めている。
その中で見せた、羽生結弦の「めっちゃ苦い」フリーだった。4回転トウループ、4回転サルコウと、4回転を二つ続けて転倒。そこから先は安定しているジャンプばかりのはずなのに、ルッツがダブルになり両足着氷、最後のトリプルフリップで三たび転倒――。
ジャンプの失敗で滑りの流れが止まることもあったし、最後のステップは体調の悪かったフィンランディア杯以上にふらふら。誰も予想しなかった、また彼もここ数年見せたことのない大失敗だった。
「結弦も人間なんだな、と思いました。なんだかほっとしましたよ(笑)」とは、同じ試合を戦った町田樹の言葉。彼の言う通り、前日に氷の上にいたモンスターは、もうどこにもいなかった。
「フリーの前の気持ちは……冷静だったと思います。ここで勝たなきゃいけないって気持ちは、なかった。逆にショートで大差をつけたことで、落ち着いていられた。でも、結局負けちゃった……。4回転は、どうしてミスしてしまったのか、わからないです。
せっかく10点くらい離してたのに、逆にいっぱい差をつけられて負けちゃった……。すごく悔しいです。だから次は、絶対に勝たないといけない。あと1カ月……身を削るような練習を、精一杯やりたいと思います」
敗因の一つは、今シーズンから挑戦しているジャンプ構成、4回転2本の転倒だろう。極めて安定しているとはいえ、「何もイメージしなくても跳べる」3回転に比べれば、成功確率は100%には遠い。2度跳んで2度とも失敗する今回のようなケースも、予測できないものではなかった。
それでも、男子シングルは「4回転時代」、スケートアメリカだけでも羽生のほかに小塚、ブレジナ(チェコ)、メンショフ(ロシア)らが2度の4回転にチャレンジしており、世界選手権での上位入賞を狙うならば、「2度入れて当たり前」の時代になっている。
そしてこの4回転ジャンプ、跳べなかった時のダメージが、他のジャンプ以上に大きいのだ。陸上では人間の出しえないスピードで滑り、その速度と氷面との摩擦の少なさを利用し、陸上では不可能な回転速度と高さを持ったジャンプを跳ぶ。もし失敗すれば、そのままの勢いで硬い氷の上に叩きつけられる。柔道の畳や格闘技のマットのように、転倒の衝撃を吸収してくれるものもない。転倒、そしてそこから立ち上がる。それだけで、体力の消耗は計り知れないという。
最大級の衝撃を伴う4回転で2度転倒となると、その後のプログラムがすべてぼろぼろになってしまうのも、仕方がない。10月上旬、日本で開催されたジャパンオープンでも、かのパトリック・チャンがまったく同じ悲劇に見舞われた。冒頭で4回転を2度転倒し、その後も転倒二つを含む四つのジャンプでミス。
羽生結弦の場合、さらに今シーズンのフリーの難しさも重なってくる。ジャンプの合い間も、つなぎのステップがたっぷり盛り込まれ、休む時間のない「試練のプログラム」。もし4回転を2度成功させ、転倒による消耗がなかったとしても、滑り切るのがやっとという過酷なプログラムだ。
跳ばなければ、勝てない。でも失敗したらとことんまで落ちるかもしれない――2度の4回転をフリーに組み込む選手が多い今季の男子シングル。昨シーズン以上に、このジャンプの成否が勝負の分かれ目になるだろう。
ではなぜ、公式練習であれだけ高い成功率を誇っていた4回転を、彼は2度もミスしてしまったのか? やはり前日の「史上最高得点」がプレッシャーになったのだろうか? 最大の武器は気持ちの強さ、と言われる羽生結弦でも、気持ちがつぶれてしまうほど大きかったのか?
フリーの翌日、少し冷静になった彼が明かした
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