佐久間文子
2012年10月10日
市立図書館の運営を来年4月からCD・DVDレンタル大手「TSUTAYA」を運営するカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)に委託する―。佐賀県武雄市の樋渡(ひわたし)啓祐市長が5月に突然発表したことはさまざまな点から関心を集め、議論を呼んでいる。
民間業者が公立図書館の指定管理者になるのはほかにも例がある。たとえば東京都立日比谷図書館は千代田区に移管され、日比谷ルネッサンスグループ(代表・小学館集英社プロダクション)を指定管理者に「区立日比谷図書文化館」として昨年生まれ変わった。
武雄市のケースが話題になったのは、ひとつには代官山蔦屋書店のコンセプトとノウハウを導入する、と大々的に打ち出したからだろう。東京・渋谷区に昨年12月、オープンしたこの書店は、団塊世代が主たるターゲット。広々としたスペースでゆったりと本を見ることができ、カフェもある。必要に応じて約30人のコンシェルジュが相談に応じるというものだ。
メディアに取り上げられることも多い代官山の新名所ではあるが、これで採算がとれるのだろうかと不思議に思っていた。大胆な本の見せ方といえば、丸善丸の内本店内に評論家松岡正剛氏がプロデュースした松丸本舗がよく知られており、売り場を特集したムック本が出るほど話題を集めたが、売り上げでは苦戦し、「丸善としてはこれ以上続けられない」ということで9月末で閉店することになった。
だが、公共図書館の指定管理者を引き受け、雑誌や文具の販売といった付属事業などを幅広く展開するための「ショールーム」効果も期待できる、と考えれば納得がいく。
代官山蔦屋書店は基本的に年中無休で開店時間は午前7時(一部は午前9時)から翌日の午前2時まで。CCCに委託後は、武雄市立図書館も開館時間を延長、年中無休で午前9時から午後9時までにするという。勤め人にはありがたいが、一方で運営費は委託により約一割減になるというのが市の発表だった。そんなことが可能なのか、労働条件の引き下げにならないのか、というのは当然おこる疑問だろう。
●Tカード、TポイントOK レコメンド機能は見送り
いちばん議論を呼んだのは、TSUTAYAの店舗で共通して使えるTカードを図書館カードとして導入することだった。利用のたびにポイントが貯まり、この利用履歴をもとにレコメンド機能を導入することも当初、打ち出していた。
履歴をもとに新刊をレコメンドするのはネット書店のアマゾンではおなじみのものなので、市長もCCC側も問題があるとは思わなかったのではないか。だが、日本図書館協会の綱領である「図書館の自由に関する宣言」には、「図書館は利用者の読書事実を外部に漏らさない」とあり、そのことと抵触するおそれがある。そもそも利用者が費用負担しないのにポイントが貯まるのは不公平ではないだろうか。
この提携発表に、日本図書館協会が利用者の個人情報(貸出履歴)はポイント付与と一体になっており「Tカード」管理者に提供される可能性があり公共図書館の立場からは肯定しがたい、などとする見解を出した。
この見解が出るとすぐ、樋渡市長は自身のブログ「武雄市長物語」で「日本図書館協会の見解は対案無しの荒唐無稽だ」と痛罵するエントリを書き込んでいる。市長によれば「貸出情報は個人情報には当たらないというのは僕の持論」で、「図書館の自由に関する宣言」も「一般社会には何ら法規性はない」。
ちなみに「フェイスブック市長」の異名をとる樋渡氏はブログ、ツイッターでもこまめに発言を残しているため、それまで図書館の「セレクトが良い、居心地が良い」とつぶやいていたのにある時期から突如、「ヘビーユーザーとしては置くべき本が置かれていない」と豹変したことがわかる。
そもそも提携は、次から次へとアイデアを打ち出しトップダウンで実現させてきた樋渡市長がCCCの増田宗昭社長を特集したテレビ番組を見て思いついたもの。小中学校の同級生である(TSUTAYA系列の)デジタルハリウッド社長兼CEOの紹介で提携にこぎつけた。
提携発表のユーストリームを改めて見ると、「Tカード、Tポイントの導入」に力を入れているのがわかる。樋渡市長に批判的な目で言動をたどってみたが、「今まで図書館に親しんでない人を呼び込むきっかけになる」というのは確かに面白い着眼点だと思った(ただし図書館に来た人が本を読むとは限りませんが)。
結局、Tカードは希望者のみに提供、希望しない人は従来通りの図書館カードを使うことになった。ネットに載った毎日新聞9月6日の地方版記事によれば、レコメンド機能の導入は断念した。
フェイスブック本社での講演に招かれるほどSNSに通じた市長としては痛恨事だが、この間、ネット上に置いていた住所録が公開状態になっていたというご自身の個人情報漏洩もあり、「Tカード」についての発言はあまり聞かれなくなった。
かわって前面に打ち出しているのが8月に発表した「スターバックスの出店」である。市長のアイデアで始まった自治体のフェイスブックを利用した通販「F&B良品」で地元の美味しいコーヒー豆や陶器が買えるのだから、地元のコーヒー店が出店したほうがよくないか(と代案を出してみる)。もともとあった、地域の書店から図書館の本を買うというアイデアはCCCと提携した時点で消えたのだろうか。
武雄市図書館は11月から改装工事に入る。ただでさえ、さまざまな自治体が視察に訪れる武雄市だけに、この図書館はひとつのモデルになっていく可能性があり、引き続き注視したい。(「ジャーナリズム」12年10月号掲載)
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佐久間文子(さくま・あやこ)
文芸ジャーナリスト。1986年京都大学文学部卒業。同年朝日新聞社入社。2011年に退社するまで、文化部、AERA、週刊朝日などで、文化、文芸・出版関係の記事を担当。読書欄編集長も務めた。現在は、フリーランスとして、月刊誌や書評誌などに、本の話題を中心に執筆中。
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