120%出してしまったフリー
2012年12月08日
残るフリーはもう、気持ちを楽に。重圧も責任も感じず、伸び伸びと滑ってくれればいい――羽生結弦に近しい人々は、皆そんなふうに祈るような気持ちで、フリーの日を迎えていたという。
繰り返しになるが、本来グランプリシリーズは、シーズン前半の足慣らし的な試合と考える選手が多い。たとえば3位に入ったアメリカ女子代表の長洲未来は、いくつかジャンプミスがあったことを問われても、さばさばした口調でこう答えた。
「でもここでパーフェクトに滑っちゃったら、全米選手権までに何をやったらいいのか、わからなくなっちゃいますよ(笑)」
羽生を指導するブライアン・オーサーコーチもまた、今の彼にとって大事なことを聞かれると、きっぱりと言い放った。
「もちろん、全日本(選手権)に向けて照準を合わせることです。次のファイナルでも、ふたつのいい演技をショートとフリーで見せることは大事。でも、そろそろ彼には、全日本にこそ照準を絞って欲しい」
全てのスケーターにとって、一年で最も重要な試合、世界選手権。そして日本、アメリカ、ロシアなど層の厚い国の選手にとっては、世界選手権代表を決める全米や全日本などの国内選手権。照準はあくまでも、これらの試合に絞る。それが、年間を通して多数の試合を戦う一流選手のやり方だ。羽生結弦も、もちろんわかってはいただろう。
それでも彼は、一試合一試合、120%で立ち向かってしまうようだ。特に今回は、これだけの声援と熱視線を集める地元戦。「しっかりと自分の力、成長した姿を見せたい」、そんな思いは大きい。見守る人々にも、「ワールドレコードを出す少年。またすごいものを見せてくれるか!」、そんな期待が満ちていることも、彼は十分感じていた。
「やっぱり地元での試合、『すごく見られてるなあ……』って気持ちになりました(笑)」(ショートプログラム終了後)
「ショートではあれだけのことができた。今度はいったい何をするんだろう?――そんな皆さんの期待に、応えられるような演技をしたいです」
かくして彼は、フリーでも120%の演技をしてしまった。シーズン最高の大一番のように気合いを入れて、大一番のように緊張し、大一番のようにすべてを出し切ってしまったのだ。
冒頭の4回転2発では、トウループを見事に成功。サルコウは体勢を崩したものの、転倒はせずにこらえる。「ひとつの作品として、最初から最後まで滑り切るための練習を、いっぱいしてきた」そのプログラムは、うねるように美しく身体を使い、「レベル4を目指している難しいステップ」もひとつひとつ丁寧に、まだたどたどしいけれど、観る人に精一杯語りかけるように演じていく。
ある国際ジャッジは、現在の彼の魅力を「まるで新茶のようだ」と表現した。
「熟成されたお茶のような深い味わいは、まだないかもしれない。舌触りは少し尖っていて、癖もある。それでも新鮮な、なんともいえない青々とした香りと色あいは、たまらない魅力です」
そんな滑りで人々を惹きつけながら、「4回転と同じくらい大事で大変な、後半5連続ジャンプ」でも、アクセルを2発成功。
このままいけば、大きなミスは4回転サルコウのみ。ショート同様、限りなく最高に近い形で終われる! そう誰もが思ったところで、最後のジャンプ、トリプルルッツの転倒。さらには2連続スピンのひとつめ、コンビネーションスピンでフラフラになり、崩れるように転倒。
「最後は自分が情けなさ過ぎて、笑っちゃいました(笑)。疲れてしまって、もう身体が動かなかった」
ちょっと照れくさそうに振り返る、演技の最終盤。結果、スタミナ不足はまだまだ課題、と評価されたものの、ミスの多かった高橋大輔、ハビエル・フェルナンデス(スペイン)には十分な得点差で勝利。
完璧ではなかったとはいえ、観客を十分興奮させ、驚愕させ、大喝采を浴びつつ羽生結弦はNHK杯を終えた。
「後半まで、体力がもたないことは重々承知しています。今回はまだいいほうで、スケートアメリカのように集中力が散漫になっていると、さらに体力はなくなっていくんですよ……」
もちろん人々が心配するように、スタミナの不足は現在の彼の大きな課題ではある。しかし2010年、2011年から言われ続けてきた、フリー後半まで体力が持たないという状況は、改善されていないわけではない。
実は彼の場合、一概にスタミナ不足だけではなく、呼吸器系の弱さも一因にあるのだという。
「これまでの彼は、
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