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大谷翔平を翻意させた「大人の常識」――球界はサッカーに学べ

大坪正則 大坪正則(帝京大学経済学部経営学科教授)

 10月21日に米国メジャーリーグ(MLB)への挑戦を表明した岩手・花巻東高の大谷翔平が、12月9日、北海道日本ハムファイターズの説得に折れて入団することを発表した。

 日ハムは、大谷のMLB挑戦は彼一人の強い願望であって、彼の周辺はMLB挑戦に必ずしも積極的ではないことを把握していたに違いない。そうでなければ、日ハムがあれほど自信を持って交渉に臨まなかったろうし、彼が40日間にわたって孤独な戦いを強いられることもなかったであろう。結局、日ハムの情報網が勝ち、大人の常識が彼の決意を翻すことになった。

 10月25日のドラフト会議で日ハムが大谷を指名した時、「日ハムはポスティング経由のMLB行きを約束するのではないか」と言った記者がいた。日ハムと大谷側との交渉結果から判断する限り、記者の予測は当たっていたのかもしれない。

 ここでは大谷が日ハム入団を決めた経緯は述べない。彼の入団に伴う日ハムの責任と、今後日本野球機構(NPB)が抱えることになった課題、及び、大人の常識が正しかったかどうかについて論じることにしたい。

■日ハムの戦略とNPBの対応

 プロスポーツ界全般、特にサッカーの世界に目を転ずれば、日ハムの手法は常識的かもしれない。サッカー界では有力な新人選手を育てて、しかるべき年齢で一流のクラブに移籍させ、応分の「養育費」(移籍金)を得る方法が一般化している。また、選手の実力と年俸は比例するので、力のある選手が高い報酬を払える強豪クラブに移ることは当たり前と考えられている。

 その点からすると、NPBの考え方や制度は異質であり、国際的でないことは明らかだ。そんな環境下で、日ハムは、12球団の中で例外的にJリーグのセレッソ大阪の筆頭株主であり、球団首脳は欧州のサッカークラブの経営にも精通している。今回、日ハムのサッカー的経営思考が大谷獲得に際して大いに活用されたと推察している。

 日ハムは、ダルビッシュ有投手(テキサス・レンジャーズ)を育て、ポスティング制度を利用してMLBに送った実績が大谷の説得に有効だとの確信・自信を持っていたと思われる。ダルビッシュのようにするから、と大谷に言えば彼が承諾する確率は相当高くなる。そして、その象徴がダルビッシュと同じ背番号「11」の継承だったのではないだろうか。

 海外フリーエージェント(FA)資格取得後でのMLB行きを日ハムが約束しても大谷の決意を翻すことはできなかっただろう。海外FA取得以前の渡米でなければ意味がない。それを可能にするのがポスティング制度だ。

 だが、新人選手にポスティングを利用しての海外進出を約束していいのだろうか。

 「否」である。なぜなら、それはFA制度、特に海外FA制度の崩壊に直結するからだ。実際、日ハムは大谷の説得にあたって、同じ趣旨の言葉はささやいたかもしれないが、「ポスティング」の言葉は使っていないようだ。

 とはいえ、日ハム入団後、大谷はダルビッシュの軌跡を追うことになるだろう。そして、ダルビッシュと同じぐらいの実績を残せば、彼は「夢」の実現のためにMLBへの挑戦を球団に申し出るに違いない。その時、日ハムは彼の提案を拒否することはしないだろう。

 日ハムが大谷に示した「道しるべ」は、次回以降のドラフトに大きな影響を与えるに違いない。来年の交渉では、高校卒の大物選手の入団を確実にするために、多くの球団が「道しるべ」を提示することになるだろうし、選手側もそれを要求するだろう。そうなればどうなるか。野球ファンならば誰もが、NPBが難しい宿題を背負ったことを容易に想像できる。

■ゆとりの学習

 大谷のMLB挑戦を断念させたのは「大人の常識」だった。しかし、大人の常識は常に正しいだろうか。

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筆者

大坪正則

大坪正則(おおつぼ・まさのり) 大坪正則(帝京大学経済学部経営学科教授)

1947年生まれ。1970年、伊藤忠商事に入社。1981~85年まで、アメリカのニューヨークとデンバーに駐在。情報通信総合企画室などを経て 1986年、NBAプロジェクトマネジャーに。現在、帝京大学経済学部経営学科教授。専門はスポーツ経営学。著書に『パ・リーグがプロ野球を変える』『スポーツと国力』(以上、朝日新書)、『プロ野球は崩壊する!』(朝日新聞社)、『メジャー野球の経営学』(集英社新書)など。2014年3月4日、死去。

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