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[3]蛮行

中村計 ノンフィクションライター

 「出会い方、ワルッ!」

 砂川匠吾は、心の中で舌打ちしていた。

 浦添商との決勝戦のおよそ4ヶ月前――。我喜屋優が正式に監督に就任する数週間前のことだ。匠吾と我喜屋は一足先に「自己紹介」を済ませていた。

 「俺が野球部の監督だ」

 そう告げられたのは、我喜屋が運転する車で沖縄本島南端の玉城に向かっているときだった。

 那覇市からは車で1時間半ほどの距離にある玉城は、我喜屋の生まれ故郷でもある。昔は、玉城村だったが、現在は四つの町村が合併し南城市になった。それでもまだ玉城という呼び方は健在だ。

 周辺は、世界遺産に指定された琉球信仰の聖地、斎場御嶽や、琉球の創世神アマミキヨが築いたと伝わる玉城城趾があり、「神々の里」と呼ばれる。また新原ビーチをはじめ、メジャーではないが小さくて美しい海岸が点在し、観光スポットにもなっている。

 匠吾が我喜屋に、臨時の「課外学習」に連れ出されたのには、もちろん相応の理由があった。

 数日前、匠吾が放課後にゴミを捨てに行ったときのこと。正門の脇で不良っぽい生徒がこちらをじっと見ていた。それに気づいた匠吾が「なに見てんだよ」と挑発し、殴り合いになったのだ。

 入学から1年足らずで計3度目のケンカだった。匠吾は、退学寸前まで追い込まれた。その窮地を救ってくれたのが我喜屋だった。

 道中、匠吾は我喜屋に何を言われても殊勝な振りをし、いつものように「すいません」を繰り返していた。だが、身分を明かされた途端、言葉が出てこなくなってしまった。

 「優しそうなおじさんだったから、新しい理事長かなんかなんだろうなと思ってたんです。だから、『監督になる前に、こんなに苦労させられるとは思ってなかったよ』って言われて、えっ? って感じですよ」

 匠吾は、一見すると、素直で礼儀正しい学生に映る。愛嬌もある。だが、体内に多量のマグマを抱えているようなところがあった。

 「ケンカのとき、楽しくなりますね。来るんだったらどうぞ、って感じ。この前、前世の占いをしてもらったんですけど、武家だったって。信長の時代の」

 そう言って、あたりを揺するように笑う。さながら、三国志の世界に出てくる豪傑のようだ。

 高校卒業後は、東海大学体育学部に進み、柔道と、極真空手と、総合格闘技を習った。また、「数学のおもしろさに目覚めた」と生まれて初めて勉学にも励んだ。

 匠吾が格闘技の習得に努めたのは、警察官になるためだった。ただ、「普通の警察官じゃないですよ」と注を付ける。

 「史上最強の警察官になりたいんです。日本は殺人事件の検挙率が93パーセントで、世界一なんですよ。それって日本人にとっての誇りじゃないですか。だから、自分も身の回りで起きた事件は全部、解決する。現行犯は絶対に逃さない。頭の中では、もう自分は警察官になってるんですよ」

 そう言って、また哄笑する。

 ほら話ではない。大学3年の春休み、沖縄に帰省しているとき、匠吾はすでにそれを実践していた。

 ロードワークの最中、白バイに追走されている暴走族のバイクとすれ違った。すると、あろうことか、匠吾は反射的にそのライダーにタックルをかましたのだ。瞬間、バイクは前方にすっ飛び、乗り手は匠吾に組み伏せられていた。

 「そのままフロントチョークを決めてやったら、相手も動けなくなっていましたね」

 フロントチョークとは、要は、首固めである。

 だが、大捕物の代償は大きかった。体中擦り傷だらけになり、右脇腹は13針も縫う怪我を負った。それでも警察官の前では無傷を装った。

 「脇から血が吹き出てたんですけど、けっこう厚着してたんで気づかなかったみたいです。警官には連絡先だけ教えて、自分で病院に行きました。でも、こういうのって、勲章とかもらえないんですかね? そうすれば試験のとき、ちょっとは有利になるかなと思ったんですけど……。その後、警察からは、ぜんぜん連絡ないんですよね」

 無茶にも程がある。にもかかわらず、当人はけろりとしている。

 単なる愚か者か、それとも稀代の英雄か。いずれにせよ、易々と人にコントロールされるようなタイプではない。

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筆者

中村計

中村計(なかむら・けい) ノンフィクションライター

1973年生まれ。千葉県出身。同志社大学法学部卒。スポーツ新聞記者を経て独立。『甲子園が割れた日―松井5連続敬遠の真実―』(新潮社)でミズノスポーツライター賞最優秀賞受賞。ほかの著書に『佐賀北の夏』(ヴィレッジブックス)、共著に『早実vs.駒大苫小牧』(朝日新書)、『横浜vsPL学園――松坂大輔と戦った男たちは今』(朝日文庫)など。『雪合戦マガジン』の編集長も務める。