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ボーダレスとなった高校サッカー

潮智史 朝日新聞編集委員

 91回を数える大会の歴史のなかで決勝が順延されたのは初めてのことだったという。年末年始の風物詩であるサッカーの全国高校選手権の決勝が降雪のために順延された。5日遅れであった試合は延長の末、PK戦で決着がついた。

 勝ったのは鵬翔。宮崎県勢の優勝そのものが初めてのことだ。負けた京都橘(京都)が勝っていても学校としては初優勝。どこが勝っても不思議には思わないほど、地域間の実力差がなくなっている現状に変化はなかった。

 鵬翔の優勝までの足跡も象徴的だった。1回戦から決勝までの6試合のうち、4つの試合でPK戦にもつれ込んだ。ちなみにひとつの大会で4試合もPK戦に臨んだチームは大会初。鵬翔が力の差を見せつけて優勝まで駆け上がったのでもなければ、敗れたチームの多くも全国制覇が夢物語ではない実感を得ているのではないだろうか。

 この全国的なレベルの平均化の要因には、さまざまななことが想像できる。

 Jリーグのクラブが40まで広がったいま、中学、高校生のトップ選手がめざすのは各クラブのアカデミーと呼ばれる年代別の育成部門だ。将来のプロ選手をめざす子どもたちは、ときには住んでいる場所から越境する形でJクラブのアカデミーに通う。上澄みがJクラブに持っていかれた上で、残りの選手たちが高校サッカー部に流れていく構図ができあがっている。

 さらに、各アカデミーでは中学年代にあたる15歳以下(U15)から高校年代の18歳以下(U18)に進むときにもふるいにかけられ、選手の出入りが発生する。U18のカテゴリーに進めなかった選手は高校にプレーの場を求めることになり、Jクラブのアカデミーと高校の間で人材が行き来することも全国で起きている。

 優秀な指導者が全国に存在していることも大きな要因のひとつだろう。日本サッカー協会の指導者ライセンス制度により、質の高い指導を求めてプレーする場を探すことが子どもたちや親にも広がったといわれる。準優勝に終わった京都橘の米沢一成監督は「(高校であっても)県境はボーダーレスになっている。魅力あるチームを作らないと、選手は京都から出ていってしまうし、それができれば、逆に京都に来てくれる子も出てくる」と話してくれた。指導者の競争が勝利至上主義ではなく、質の高いサッカーにつながっていってほしいと願いたい。

 Jリーグ・アカデミーと比べて、個々の選手のレベルが劣るのは仕方ないが、今大会で高校サッカーだからこそのおもしろさも再認識させられた。

 限られた選手をやりくりしながら、特徴や個性をうまく組み合わせたチームづくりをしていることだ。その分、チームのスタイルに広がりや違いがあって試合はおもしろくなる。まだ、大人のサッカーに成りきれていない分、ボールを失うことをためらわず、思い切りのいいドリブル突破やシュートをたくさん仕掛ける。当然、ゴールの前の攻防が増えて見る側を引きつける。「高校はレベルが低いから」と決めつけないほうがいい。Jリーグ・アカデミーにとって、見習うべき部分もかなりある気がするのだ。

 優勝した鵬翔はJリーグのない地域にとって参考になる取り組みをしていた。

 ベスト4の壁に跳ね返され続けていたことで、

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筆者

潮智史

潮智史(うしお・さとし) 朝日新聞編集委員

朝日新聞編集委員。1964年生まれ。87年入社。宇都宮支局、運動部、社会部、ヨーロッパ総局(ロンドン駐在)などを経て現職。サッカーを中心にテニス、ゴルフ、体操などを取材。サッカーW杯は米国、フランス、日韓、ドイツ、南アフリカ、ブラジルと6大会続けて現地取材。五輪は00年シドニー、08年北京、12年ロンドンを担当。著書に『指揮官 岡田武史』『日本代表監督論』。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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