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犠牲者の氏名を歴史に刻む必要がある――アルジェリア人質事件

大久保真紀

大久保真紀 朝日新聞編集委員(社会担当)

 アルジェリアで起きた人質事件は、多数の日本人がテロの犠牲になるという、日本の歴史上でも大きな悲劇になっています。情報が錯綜し、何が起こっているのか、どれぐらいの人が犠牲になったのか、当初はよくわかりませんでしたが、少しずつ状況が明らかになりつつあります。

 ただ、多数の日本人が亡くなっているにもかかわらず、その死が日本社会にはリアルには伝わってきていないように感じます。

 日本政府は21日、日本人7人が死亡、3人の安否が不明と発表しました。しかし、犠牲者の氏名については、関係者が多数死亡したプラント建設会社「日揮」と相談して、「公表はさけてほしいということだったので政府としては発表しない」と菅義偉官房長官が記者会見で述べたと報道されました。発生からずっと取材している同僚に聞くと、日揮と政府が相談して、「家族のことを思って」氏名は公表しないとしているそうです。

 長年新聞記者をしてきた身とすると、犠牲者の氏名を発表しないということに違和感を抱かずにはいられません。事件も前代未聞ですが、そういう対応もまた前代未聞のことではないでしょうか。犠牲になった方たちは交通事故で亡くなったわけではありません。国際テロで亡くなった人たちです。政府が専用機を飛ばし、これから遺体も回収されるかと思います。原則として、これまでいろんな事件に巻き込まれて亡くなられた方の氏名は基本的に発表されてきたことを考えると、なぜこれほどの歴史的な事件で、犠牲者の氏名が伏せられているのか、と疑問に感じます。

 遺族の気持ちを慮るということはもちろんわかります。しかし、「4人」「3人」などと死者数のみでは、犠牲になった方々の死がリアルに伝わってこない、彼らの痛みや苦しみが全然わからない、というもどかしさを感じます。ひとりひとりのその地でプラント建設に掛けた人たちの人生や人柄、思い出をたどることが、彼らがなぜ死ななければならなかったのかという怒りや理不尽さに深く思いをいたすことにつながるのではないかと思います。この事件がどれほど悲惨なものなのか、遠いところで起きた事件であっても、日本社会はきちんと受け止めなければならないと思うのです。

 なぜ氏名の発表がないのでしょうか。もし遺族の方がそっとしておいてほしい、全く取材は受け付けない、という希望ならば、そのことも添えて発表すればいいと思います。遺族側の意向をきちんと伝えてもらえれば、節度をもって取材することも可能です。ただ、いまのままでは本当に遺族がすべてを拒否しているのかどうかさえもわかりません。

 このままでは、危険な地で現地の開発のために働き、テロの犠牲にあった彼らの名は歴史に残らず、そのまま埋もれてしまうことになります。長年報道に携わって感じるのは、その歴史性です。日々の事件事故を追いかける仕事ではありますが、新聞記事は積み重なって歴史の記録になります。犠牲になられた方々のことを伝えることは、同時に、その方々が生きてきた証しを伝えることでもあります。このまま氏名もわからないまま、あのテロ事件で亡くなった「7人」あるいは「10人」という形で、歴史に記録しておいていいのでしょうか。我々社会が、人の命の重みを再確認するためにも、この事件の深刻さを受け止めるためにも、それぞれの方々の人としての記録、生の記録が必要だ

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筆者

大久保真紀

大久保真紀(おおくぼ・まき) 朝日新聞編集委員(社会担当)

1963年生まれ。盛岡、静岡支局、東京本社社会部などを経て現職。著書に『買われる子どもたち』、『こどもの権利を買わないで――プンとミーチャのものがたり』、『明日がある――虐待を受けた子どもたち』、『ああ わが祖国よ――国を訴えた中国残留日本人孤児たち』、『中国残留日本人』など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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