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[4]「興南」から「KONAN」へ

中村計 ノンフィクションライター

 1年生ピッチャーの石川清太が我喜屋優に呼ばれたのは、アップをしている最中だった。

 雷雨コールドゲームとなった最初の決勝戦の2日後。興南ナインは、午前中に興南のグラウンドで軽くバッティング練習をしてから、北谷公園野球場に乗り込むつもりでいた。

 我喜屋は、ちょっとからかうような調子で言った。

 「おまえ、行ってみるか?」

 石川の頬が緊張と喜びで赤みを帯びる。

 口ごもっている石川を見て、我喜屋は半畳を打つ。

 「ビビってるんなら、やめてもいいんだぞ」

 石川は慌てて我喜屋の言葉を遮った。

 「大丈夫です!」

 だが、実際は息をするのが苦しくなるほど舞い上がっていた。

 「でも、ああ言われて、ダメですとは言えないじゃないですか。もちろん、やってやるぞ、っていう気持ちもありましたけど、半面、自分でいいのかな……って」

 石川は埼玉県で生まれ育った。中学まではまったくの無名で、高校進学時もどこからも声はかからなかった。そのため、親から自立する意味でも、思い切って父親の出身地、沖縄への越境入学を決断したのだ。

 身長180センチ、体重70キロ。ひょろりとした石川は、130キロ台中盤のストレートを持っていた。変化球は、スライダーとチェンジアップの2種類を繰った。

 その年、興南には石川の他に、最初の決勝戦で先発した2年生の當山和人と、リリーフした3年生の幸喜竜一がいた。ただし、2人とも軟投型左腕で、エースと呼ぶほど力が突出していたわけではない。そのため、幸喜、當山、石川の3人で何とかやりくりしていたというのが実情だった。

 石川も、それまで2試合マウンドを経験していた。7-0で7回コールド発進となった1回戦の美里工戦では、先発して、一人で投げ切った。準々決勝の八重山高校戦では2番手として登板したが、このときは打ち込まれ、2回3分の1で降板している。2度目の登板の印象が悪かったせいで、以降、石川に出番が回ってくることはなかった。

 そこまで3人の中でもっとも出番の少なかった石川は、そのぶん体力が余っていた。だから石川の中には「そろそろあるかも」という予感があったことも事実だ。だが、それには多分に願望が含まれてもいた。

 おそらく、我喜屋以外、誰も考えていなかったに違いない。ほんの4ヶ月前まで中学生だった1年生投手が、この大一番に先発で起用されるとは。

 センターの小浜健太朗が振り返る。

 「ここで石川を使うか、って。聞き間違いかと思った」

 浦添商の監督、神谷も「まさか」だったと語る。

 「幸喜だと思っていたら、見たこともないピッチャーが出てきた。誰? って。ただ、普通のスライダーピッチャーだったからね。逆にラッキーだと思ったんだけど。でも、それがいけなかったんだろうね……。隙になってしまった」

 ただし、我喜屋だけは、事も無げに話す。

 「當山も幸喜も浦添商に打たれてるんだから。そんなの投げさせる必要、どこにあんの? エースと心中なんて言葉は絶対に使いたくない。他にもピッチャー、いるんだもん。他人が何を言おうと、いちばん長い時間、彼らのことを見てるのはこっちだもん。あの2人の先発はありえなかったよ」

 実は、その2年後、2009年夏の沖縄大会の決勝戦でも、石川は同じような「サプライズ起用」を経験している。

 その夏は、1学年下の島袋洋奨が大黒柱として一本立ちしていた。そのため準決勝まで石川は「3番・ライト」として出場し、登板機会は一度も巡ってこなかった。

 すると決勝の中部商戦当日の朝、我喜屋が例によって茶化すようにこう聞いてきたのだ。

 「おまえ、いつになったら投げるの?」

 投げたくてウズウズしていた石川は真面目な顔で答えた。

 「今日しかありません」

 「じゃあ、投げなよ」

 そうしてその夏、石川は初めてマウンドに上がったのだ。3回途中、1失点で降板したものの、疲労が蓄積していた島袋の負担を軽減させるという意味では最低限の役割を果たした。

 浦添商との決勝再試合でも、石川は指揮官の期待に見事に応えた。

7回途中の交代まで無失点の好投をした興南の石川

 「いつも1球投げるまではドキドキするんですけど、1球投げちゃえば平気なんです。この日も初球、スライダーがいいところに決まって、それで落ち着くことができました」

 結局、石川は7回途中まで投げ、許したヒットはわずかに4本。無失点に封じた。

 決して浦添商打線が低調だったわけではない。ただ、いい当たりがことごとく野手の正面を突くなど、2日前の不運をまだどこか引きずっているようなところがあった。

 その象徴が3回表の攻撃だった。

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