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[15]四大陸選手権リポート(下)

サルコウという爆弾

青嶋ひろの フリーライター

 試練のプログラム――完成したばかりのフリー「ノートルダム・ド・パリ」を見て、そう評した人がいた。

 オーサーコーチの指示により、複雑なステップがたっぷり入り、試されるのはカナダで身につけたスケーティング技術。さらにコーチから飛んでいるのは、昨シーズンまでの少年らしさとは違う、「大人の男の雰囲気を出せ」との指令。

 加えて冒頭には、トウループとサルコウという、4回転ジャンプが2本。2シーズン前に試合で4回転を跳び始めたばかりの選手が、もう今年は世界トップクラスのジャンプに挑戦するというのだ。

 「ジャンプ、スケーティング、プログラム……その全部が、僕にできるかどうか? たぶん、全然できないと思いますよ! そのことをわかっているから、覚悟はしています。うまくいかないかもしれないけれど、そこは根性で乗りきろう、ってね!」(8月のコメント)

 しかし試練のプログラム、彼が思った以上に手ごわかったようだ。

 四大陸選手権フリーの4回転サルコウなどの失敗はまだ、仕方がない。それよりも、試合の緊張感から集中力を欠いてしまい、見応えのあるパフォーマンスを大阪の大観衆に見せられなかったことが、何よりも残念だった。

 ショートの「パリの散歩道」が彼の代表作になりそうな出来であるばかりに、どうしてもフリーにもの足りさなさを感じてしまうことは多い。ショートであそこまで表現にこだわる彼が、なぜフリーをもっと楽しませてくれないのか、と。

拡大羽生結弦のフリーの演技

 「そうだね、ロングプログラム(フリー)は、僕から見ても何かがちょっと足りないと思う。ジャンプはいいんだ。でもジャンプ以外でいくつか改善する必要があるし、取り組まなくてはいけないことがある……」

 とは、ブライアン・オーサーコーチ。

 いまだ十分には乗りこなせていないフリー、「ノートルダム・ド・パリ」。羽生結弦は、どう立ち向かえばいいのだろうか。

■4回転2種類へのこだわり

 まず彼自身は、やはり2度の4回転への挑戦が、一番の難関と感じているようだ。

 「昨年から入れているトウループは、自信があるんです。跳べる時は、3回転を跳ぶくらいの勢いで跳べる。でもサルコウ……四大陸のサルコウは、跳んでる最中に苦笑いしちゃいましたよ。『ああっ! やっちゃった……』って(笑)。

 ふだんの練習でも、サルコウの確率はまだ高くないんです。跳べないときは全然跳べなくて、10回か20回に一度成功するぐらい。よく跳べている時でも、3回に1回くらいかな……。サルコウの感覚は、四大陸に来る直前に掴んだばかり。公式練習では調子よくバンバン跳んでいて、手ごたえはあったんだけれど……。試合で入らなかったんだから、しょうがない。またこれから、やりなおしです。

 今回はサルコウにフォーカスを合わせていたから、後半のミス(トリプルルッツのパンク)の方は気にしていません。それよりも、あれだけフォーカスしていたサルコウを外したことが、悔しいな。試合になると、やっぱり普通じゃない緊張があります。緊張していろいろなことを考えて、身体が硬くなったりもして……」

 羽生結弦のジャンプの習得過程、その堅実さには、目を見張るものがある。

 ジュニア1年目の14歳の年に、初めてトリプルアクセルに挑戦し、シーズンのうちに試合でも難なく跳べるようになってしまった。ジュニア2年目には、フリーでトリプルアクセル2本を目標とし、しかも2本目はプログラムの後半に入れ、これも達成。15歳で世界ジュニアを制してしまう。16歳のシニア1年目には、もう4回転にチャレンジ。フリーで一度の4回転を、シーズン中には確実に見せてくれるようになった。

 さらに昨シーズン、ショートプログラムでも4回転にチャレンジし、ショート+フリーで2度の4回転を目指し、ほぼ達成。17歳で世界銅メダリストとなった。

 そして今シーズンは、ショート&フリーで1回ずつの4回転トウループは当たり前、2種類目の4回転、クワドサルコウを今季中に完成させようと、必死のチャレンジをしているところだ。

 「この調子で来シーズンは、ループの4回転を跳びたいんですよ。だってハビエル(フェルナンデス=スペイン)は、もう全種類の4回転を跳んでますからね!」

 まだ18歳、そこまで急がなくても……と傍から見れば思ってしまうだろう。それに違う種類の4回転、サルコウへの挑戦は、生半可ではない。シーズン初戦のフィンランディアトロフィーでは幸運にも成功させたが、その後は着氷の乱れや回転抜けなどが続き、まだメジャーな大会でクリーンな4回転サルコウを見ることはない。

 それならば今年は、同じ4回転でも成功率が高く、加点もつきやすいトウループを2回チャレンジしてもよかったのではないか、とも思う。その点を、ブライアン・オーサーにも聞いてみた。

 「トウループを2回――僕らももちろん、考えたよ。でも彼の今後のためを考えると、トウとサルコウ、両方を入れることが大事だと思ったんだ。そのうち、トウループ2回、サルコウ1回を入れてもいいと思ってるけれどね。

 僕が大事だと思っているのは、彼を『育て続ける』こと。もちろん簡単なことじゃないよ。でもサルコウも、最初の年としてはこれでいいんじゃないかな。簡単ではないから、まだまだ成長しなくてはいけないけれどね。

 ユヅルは来年、4回転ループも跳んでみたいって? いいじゃないか(笑)。ハビエルはもう、三つ目の4回転を練習してるからね。ユヅルはそれを見て、自分にもできると思ったんだろう。4回転トウループがあれだけ質が高いんだから、彼の方向性は間違っていない。一気にではなくちょっとずつ、トライして行けばいいと思うよ。彼は若いし、時間がある。僕も彼に、フリーで3度の4回転を見せてもらいたいな。彼ならできるさ!」(オーサーコーチ)

 しかし、もし4回転サルコウの完成が間に合わずに大きな試合を迎えてしまった場合。4回転はトウループだけに絞ってサルコウを外す選択はないのか、そんなことも、羽生結弦本人に問うてみた。 ・・・ログインして読む
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筆者

青嶋ひろの

青嶋ひろの(あおしま・ひろの) フリーライター

静岡県浜松市生まれ。2002年よりフィギュアスケートを取材。日本のトップ選手へのインタビュー集『フィギュアスケート日本女子 ファンブック』『フィギュアスケート日本男子 ファンブック Cutting Edge』を毎年刊行。著書に、『最強男子。 高橋大輔・織田信成・小塚崇彦 バンクーバー五輪フィギュアスケート男子日本代表リポート』(朝日新聞出版)、『浅田真央物語』『羽生結弦物語』(ともに角川つばさ文庫)、『フィギュアスケート男子3 最強日本、若き獅子たちの台頭 宇野昌磨・山本草太・田中刑事・日野龍樹・本田太一」(カドカワ・ミニッツブック、電子書店で配信)など。最新刊は、『百獣繚乱―フィギュアスケート日本男子―ソチからピョンチャンへ』(2015年12月16日発売、KADOKAWA)。

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