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 オリンピック前の世界選手権とは、こんなにハラハラするものだっただろうか。

 日本選手がひとりがんばれば、「もう大丈夫だ」と小躍りし、ひとりが残念な出来なら、「もうダメだ……」とお通夜のような顔をし、他国の選手の出来に不本意ながら胸をなでおろし……。「(オリンピックの各国出場枠である)3枠、3枠」と呪文のように唱えながら見てしまった世界選手権、男女とも、こんなに心臓に悪い試合は久しぶりだ。

 そんななかでの男子フリー、羽生結弦の演技。トランジションもほとんどなく、振り付けもどこかに飛んで行ってしまった4分30秒。こんな空っぽのプログラムで、こんなに感動させられるとは、思ってもみなかった。

 人というのは勝手なもので、試合前に考えていたのは、「ジャンプは少しくらい失敗してもいい。せっかくの世界選手権、絶対に見応えのあるフリーを見せてもらいたい」ということ。しかしショートプログラムの結果で、五輪出場枠3が危なくなった後――もう、踊りも振り付けもどうでもいい、とにかくジャンプをしっかり降りてほしい! などと、祈るような気持ちになってしまった。

 フィギュアスケートは総合力で競うスポーツ、とはいっても、やはりジャンプが決まらなければ、どんなに人の心を動かしても、上位に入れない。

 逆にジャンプさえ決まれば、ある程度の得点は期待できる。だから選手たちの多くが語る、「試合になるとやっぱり、ジャンプのことばかり考えてしまう。『見せよう』なんて気持ちは、二の次なんですよ」という心境も仕方がない、と改めて思った。

拡大男子フリーの演技を終え、雄たけびを上げる羽生結弦

 ショートプログラムであんなジャンプを見せた身体で、どこまでフリーを滑り切れるのか。痛みと体力の消耗でほとんどのジャンプが跳べなくても、仕方がない状況だ。

 ジャンプを跳んだうえでしっかり表現もするなどという芸当は、今の羽生結弦には絶対に無理だろう。だからせめて、最小限のミスでフリーを終えて欲しい……。そのことを願うばかりだった。

 「インフルエンザで10日休んで、その後もケガをして1週間休んで、ショートではあんなことになって……。ソチの出場枠などを考えると、申し訳ない思いでいました。ただのプレッシャーではなく、大きな責任も感じてた。だから今日は、最後まで集中を切らさない! そんな気持ちで滑り始めたんです。でも、なんだかんだ言っても、すっごい不安だった……」

 果たしてフリープログラム、羽生結弦は慎重に慎重に、ひとつひとつのジャンプに万全を期しながら、身体をいたわりながら滑った。

 課題の4回転は、トウループできれいに着氷。サルコウも少し態勢を崩し回転不足となりながらも、転倒は回避。見事な集中力だ。続いてフリップ、2本のアクセルコンビネーション……。彼が跳ぶごとにこぶしを握り締めながら、思い出したのはこんな言葉だ。

 「ケガしてる時の方が、僕、強いし!」(1年前の世界選手権でのコメント)

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筆者

青嶋ひろの

青嶋ひろの(あおしま・ひろの) フリーライター

静岡県浜松市生まれ。2002年よりフィギュアスケートを取材。日本のトップ選手へのインタビュー集『フィギュアスケート日本女子 ファンブック』『フィギュアスケート日本男子 ファンブック Cutting Edge』を毎年刊行。著書に、『最強男子。 高橋大輔・織田信成・小塚崇彦 バンクーバー五輪フィギュアスケート男子日本代表リポート』(朝日新聞出版)、『浅田真央物語』『羽生結弦物語』(ともに角川つばさ文庫)、『フィギュアスケート男子3 最強日本、若き獅子たちの台頭 宇野昌磨・山本草太・田中刑事・日野龍樹・本田太一」(カドカワ・ミニッツブック、電子書店で配信)など。最新刊は、『百獣繚乱―フィギュアスケート日本男子―ソチからピョンチャンへ』(2015年12月16日発売、KADOKAWA)。

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