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残酷かな、WBC

薄雲鈴代

薄雲鈴代 ライター

 つくづくこの時季開催のワールドベースボールクラシックは、邪魔だと思う。

 ‘この時季’というのは、野球選手にとって、一年で最も重要な調整の時間である。前年酷使した身体を安らかにさせ、怪我を治し、メンタルな面で自己と向き合い、本番に向けてキャンプを張り、いよいよ開幕に備える期間なのだ。

 そこを狂わせるのが、WBCの存在なのである。

 ともかく、開催時期がいただけない。侍ジャパンチームにおいても、昨シーズンから故障を抱えたままの選手が何人もいる。選抜選手は、年頭から緊張を強いられたまま、それを弛める暇も与えられず、開幕に突入していかなければならない。「選手生命」即ち「人生そのもの」のプロにとって、この無理は祟る。アメリカのメジャー選手たちは、自分自身が掛け替えない資本であることを、またそれが潰えたときの過酷さを知っているからこそ、WBCには淡々とした態度で臨んでいる。無理を推して参加することが野球の発展とは、決して思っていない。

  しかし日本においては、各球団のスター選手を酷使し、地元の開幕戦に中途半端な状態で帰す破目になる。疲弊しているからと開幕に出場できなくなった選手もいる。

 プロの野球選手にとって、開幕戦は何にも代え難い神聖なものである。なぜ一流の野球人が軽んじるのか不思議でならない。

 野球の振興を錦の御旗に、言うに言われぬ事情もあろう。

 WBCで経済効果何百億と謳っている方々もいるが、一過性のお祭ゲームよりも、年間144試合、各地で面白い野球が見られたならば、そこへ向かう電車賃、途中でビールを飲み、試合後には大人も子どもも高揚感に包まれて居酒屋でいつもより余分に祝杯を上げる、この地元の潤いをなんとしよう。これが連日続くのだ。わたしの学生時分、甲子園の阪神―巨人戦は大盛り上がりで、臨時のバイト募集も凄かった。

 球団本拠地をたいせつにし、球団の強さがスタンドのホットドック一本の売り上げにつながることを知っている大リーグとの違いは、ここでも明らかだ。

 はてさて、WBCはほんとうに面白いのか。各国のスター選手が一堂に介して戦うのだから、わくわく胸高鳴る夢の球宴であるはずなのだろうが、実際の顔ぶれはそうともいえない。そしてなによりも欠落しているのが、「野球はチームで成り立っている」ということである。

 プエルトリコ戦に負け、帰路についた日本の選手たちは口々に「いいチームだった」という。にわか仕込みであっても、そこは日本の精鋭選手が集まるチーム、しかも世界三連覇という天晴(あっぱ)れな目的意識もあって、否応なしに結束感は高まった。しかし、チームづくりは一朝一夕にできることではない。だから、一年を通じてチームを高め、日本シリーズを征する偉業は、尊いのである。たとえば、その勝利チームが世界の強者チームと戦うというのなら、なるほど野球らしいが、わずか一箇月の即席チームが「重盗」で負けたからといって、

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筆者

薄雲鈴代

薄雲鈴代(うすぐも・すずよ) ライター

京都府生まれ。立命館大学在学中から「文珍のアクセス塾」(毎日放送)などに出演、映画雑誌「浪漫工房」のライターとして三船敏郎、勝新太郎、津川雅彦らに取材し執筆。京都在住で日本文化、京の歳時記についての記事多数。京都外国語専門学校で「京都学」を教える。著書に『歩いて検定京都学』『姫君たちの京都案内-『源氏物語』と恋の舞台』『ゆかりの地をたずねて 新撰組 旅のハンドブック』。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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