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関西テレビは「すり替え」問題を開示せよ(下)

水島宏明 ジャーナリスト、上智大学文学部新聞学科教授

 二つめの問題。関西テレビが2007年に『発掘!あるある大事典2』という番組でデータねつ造問題を起こした放送局だという点。2007年1月放送の「納豆ダイエット」特集では、番組で紹介されたデータが創作され、登場した米国人研究者のインタビューも本人が言った覚えのない恣意的な日本語に吹き替えられるなど、データや検査、証言に架空のものが次々と見つかった。

 問題発覚後、番組は打ち切りになり、当時の社長が引責辞任。関西テレビは日本民間放送連盟からも一時除名された。テレビ放送全体の信用を傷つけた、国内のテレビ史上で最悪の信用毀損事件だと言って過言ではない。関西テレビが外部有識者に委託した調査委員会の『調査報告書』は今も関西テレビのホームページに残っている。そこには「報道、番組制作に携わる者が、放送人として職業意識(プロフェッショナリズム)、公共の使命を持った放送の番組担当者であるという当事者意識をしっかりと自覚することが大切である」とされ、「個々人の良心と職業意識に基づいた番組制作」が再発防止策として掲げられている(関西テレビ『あるある大事典調査委員会報告書』145、146ページhttp://www.ktv.jp/info/grow/pdf/070323/chousahoukokusyo.pdf)。日頃から関西テレビという組織が「何をどう取材し、どう放送すべきか」について議論を深めて、携わる一人ひとりがジャーナリストとしての自覚を持つ制作集団になる以外に道はない、という提言内容だった。

 関西テレビの『あるある大事典』の事件に伴って、「ねつ造」報道に対し、当時の安倍政権が公権力による強制的な介入を法制化させる動きを見せたため、放送倫理の確立を目指す第三者機関「BPO」(放送倫理・番組向上機構)も組織改革を余儀なくされた。半年後に「ねつ造等の再発防止」を強化するための放送倫理検証委員会を発足させている。その放送倫理検証委員会が審議した事案で今回の「すり替え」報道とよく似ているのが、テレビ朝日の「報道ステーション」が2007年11月に放送した「マクドナルド元従業員制服インタビュー報道」だ。マクドナルドの元店長代理が「マクドナルド直営店で調理日を改ざんして売っていた」と証言する特集で、当人は制服やバッジを着用して登場。顔は映らず、首から下の映像での証言だった。後からこの元店長代理は番組制作の関係者で、制服はバイト時代のもの、バッジは店長代理のもので一種の「演出」として着用していたことが判明した。映像を見る限り、まるで現役の従業員が出演しているようにも見えたことも問題とされた。

 このテレビ朝日の報道に対してBPO放送倫理検証委員会は『意見』として次のように結論づけている。

 「『わかりやすく』というよりも、映像として『強い』『ショッキング』『効果的』で、かつ『作りやすい』と判断したからこそ、番組関係者である証言者に制服を着させたのではないかとの指摘が委員会ではあった。このような安易な短絡的映像至上主義による演出は、取材報道にあたっての慎重さに欠けるものであったと言わざるをえない。」

(BPO放送倫理検証委員会 委員会決定第3号 5、6ページ。http://www.bpo.gr.jp/wp/wp-content/themes/codex/pdf/kensyo/determination/2008/03/dec/0.pdf 傍点は筆者。)

 参考になるのは、BPOの委員会はテレビ朝日のケースで証言内容の真偽を問題にしていないことだ。たとえ現役職員ではなく元職員だとしても、最大手のハンバーガーチェーン店で調理日を改ざんしていたという証言の事実性が高いならばニュースの公益的な価値は高い。報道した証言には問題なかったものの演出方法にウソが混じり、間違っていたという指摘だったといえる。

 今回の関西テレビのケースはどうか。内部告発者による証言そのものは事実性が高い。ただし内部告発者の代わりに撮影スタッフの姿を本人であるかのように映し出す、という演出方法が問題となったのである。その意味でテレビ朝日に似たケースだといえるし、「短絡的映像至上主義」という批判は関西テレビにもあてはまる。しかしテレビ朝日のケースではBPOが『意見』を突きつける大きな事態になったというのに、関西テレビは今回「やらせやねつ造に当たらない」「あくまで告発者を守るためで、告発情報などの事実を捏造したとは言い切れないものの、編集方法が不適切だった」と守りの姿勢に終始している。報道した事実内容そのものはその通りなのだからよいではないか、ちょっと表現が「不適切」だっただけ、という会社の本音が透けてみえる。

 私は関西テレビの見解とは異なり、今回の報道は、「やらせ」と「ねつ造」に該当するケースだと判断する。ニュース報道では一部でも「虚偽」が入り込むと、視聴者の信頼は失われてしまう。だからこそ、字幕のささいな表記上のミスや原稿の漢字の読み間違いなどもニュースではできるだけ迅速に訂正して謝罪する。テレビ局をあげて「ニュース報道にはウソはありません」とその正確性や厳密な事実性を宣言しているのと同じだ。

 ニュースは「実名報道」が原則だ。それは、誰がいつどこで何をしたのか、という事実性は、実名報道でこそ担保されるからだ。「匿名報道」は例外的に、当人や関係者が実名報道を拒絶した場合や名前を出すことで証言者が不利益を被るおそれがある場合などに限られる。その場合の事実性の担保は報道機関の関係者自身の意識に強く求められることは言うまでもない。

 今回の関西テレビの「すり替え」事件もテレビ朝日の「マック元従業員の制服証言」も共通点は「匿名報道」だ。当事者が顔をさらけ出していないし、「実名報道」ではない。人物が特定されないようにモザイクをかけて、ボイスチェンジしてインタビューを放送した場合、制作者はもしもウソをつこうとすれば簡単に嘘をつける。内部告発者の代わりに、報道フロアにバイトに来ているADの学生にしゃべらせて、編集して、「内部告発者」として字幕などをつけて放送することだって、その気になればできる。実際にはそんなことがほとんど行われないのは、放送人はジャーナリストだという報道スタッフの職業意識や倫理意識、何よりも視聴者の信頼を裏切ってはならないという使命感が浸透しているからだ。

 BPOが取り上げた事案でいえば、2008年11月の日本テレビの「真相報道 バンキシャ!」の裏金をめぐる自称・内部告発者の虚偽証言の報道もあった。取材者にはねつ造の意図はなく、取材を売り込んできた告発者にねつ造の意図があったケースだったが、顔出ししない匿名インタビューは、取材する側だけでなく取材される側にとっても「恣意性」が入り込みやすい。そうした「恣意性」を“プロ”であるジャーナリストがチェックするからこそ、かろうじて「匿名」報道は許されているのだと思う。本来は「実名」報道が原則であることに変わりはない。そういう意味で「匿名」報道には、ただの一点も虚偽があってはならないと私は考える。「匿名」報道が事実性を担保されるのは、報道する人間たちが「信頼すべきプロ」である時だけなのだ。私自身も「顔の見えない匿名証言」を多用するテレビ記者だったが、だからこそ小さなウソも入り込まないように自分に課してきた。伝えているのが信頼すべきプロでなく、報道にウソをまぎれこませる人たちだと視聴者が感じるようになれば、この事実性の担保は根底から覆ってしまう。

 今回の「すり替え」事件で、関西テレビの取材者が「外見の映像」を軽視している印象なのも1カット1カットの映像を生業としていた人間として違和感を覚える。どうせモザイクをかけるのだから別人でも良いという判断だったようだが、実際には「外見の映像」はとても重要な映像情報だ。どんな手元で、どんな服を着て、どんなシルエットで、どんなしぐさをするのか。顔が見えない場合でも視覚的に伝わる情報はたくさんある。話している間にモジモジと動かす手のしぐさで、迷ったような本人の思いが伝わることもある。それをまったく別の時間に撮影した他人の映像にすり替えて平気だと感じる無神経さは、本来、映像表現を大事に扱わなければならないテレビ報道の仕事に対する冒涜だろう。顔があろうがなかろうが、映像でしか伝えられない表現を追求するのがプロであるテレビ報道者の使命のはずだ。「すり替え」を提案した記者の鈍感さは言うまでもないが、「やらせでもねつ造でもない」と言い切る関西テレビという組織の厚顔と無神経にもあきれるばかりだ。

 関西テレビが説明で用いた「内部告発者を守るため」という理由でも「すり替え」は正当化されない。なぜなら本人が話をしている音声はよいが、その姿については撮影されるのを断固拒否した場合、インタビューの音声だけを収録した後で、音声を再生するテープレコーダーやICレコーダーを撮影して編集して放映するとか、話の内容に合ったイメージ映像を撮影して放映するなど、テレビがよくやる手法もあった。それをせずに、まったくの別人である撮影スタッフの映像を撮ったのは「内部告発者を守るため」などではなく、本当は「取材者がその方が映像的にリアルに伝えられると思ったから」という理由に過ぎない。

 仮に撮影スタッフの姿を撮影したとしても、視聴者に舞台裏を明かして放送するという手段もあった。「イメージ」とか「再現」などの字幕をつけて、本物ではないと明示して放送するやり方だ。これも通常は多くの番組で行われている。あえてしなかったのは、「そうすると証言のリアルさが損なわれる」と取材者が考えたのだろう。つまり取材者は偽物を本物と偽り、「本物のリアルさ」を“ねつ造”したのだ。これではハンバーガーの調理日の偽装と変わりはないではないか。

 「リアルさ」の意味をそのようにはき違える取材者の未熟は救いがない。私だったら、あえて「取材対象者は自分の姿を映されることを一切拒んだ」と解説した後で、本人の「影」を撮影したと思う。それもダメなら同じ会議室の壁や時計などを撮影する。その方が取材時のリアルさ、特に内部告発者の恐怖心などがむしろ伝わってくるからだ。

 取材者自身が若くて経験が乏しかったとしても、そうしたことをとっさに相談できる同僚や上司が同じ報道局にいなかったのだろうか。そのことも気にかかる。

 絶望的な気持ちになるのは関西テレビが「すり替え」報道で伝えようとしたこのニュースが報道の価値としてはちっぽけなことだ。他社にはない独自情報を入手したのだろうが、しょせんは「市職員が工事現場で深夜のバイト」の話だ。法律違反だとしても

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筆者

水島宏明

水島宏明(みずしま・ひろあき) ジャーナリスト、上智大学文学部新聞学科教授

1957年生まれ。札幌テレビ、日本テレビでテレビ報道に携わり、ロンドン、ベルリン特派員、「NNNドキュメント」ディレクター、「ズームイン!」解説キャスター等の後、法政大学社会学部教授を経て16 年4 月から現職。主な番組に「ネットカフェ難民」など。主な著書に『内側から見たテレビ』など。「ヤフーニュース・個人」で報道に関する記事を発信中。

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