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[8]身だしなみ

中村計 ノンフィクションライター

 三つの「ない」のうち、最後のない。「食べない」も、あっという間に解決してみせた。

 「2カ月経ったら、食べ残しはなくなってたよ」

 残飯がなくなったことで、ワモンゴキブリを見かける日も少なくなった。

 食事の際は、残飯を出さないこと以外にも、食器がたてる音、イスを動かす音、それらにも気を配るよう指導した。会話もなるべく控えさせた。

 こう活字にすると、異様な空間を連想してしまうが、実際には、静かに食べているなという程度である。でも他校の選手と一緒にいると、やはりその違いは目立つそうだ。2010年、連覇を達成したあと、10月に開催された千葉国体で宿舎をともにした仙台育英の佐々木順一朗は驚きを隠さない。

 「何校か一緒で、あっちこっちで『これうまいなー』とか言いながら、わいわい食べてるんですけど、興南だけシーンとしているんですよ。ひと言もしゃべらずに黙々と食べている。ほとんど音がしない。あれはちょっと真似できないし、真似をしようとも思いませんでしたね」

 また各校とも食堂では色とりどりのTシャツを着用するなど、ある程度、思い思いの格好をしていた。だが興南はそんなときでも一定のルールが存在する。

 我喜屋優が言う。

 「襟がないとダメ。半ズボンはダメ。シャツの裾はズボンの中に入れる。靴下も、靴もはいていないとダメ。ホテルの部屋から出たら外と一緒。食事中にコートやらジャンパーを着ているのもダメ。帽子なんて、もってのほか」

 普段の服装もしかり。

 「シャツのボタンはいちばん上まできちんととめる。白いシャツの下に着るTシャツも、文字や柄があるものはダメ。社会人にもなって、そんなのが透けてたら、『おまえなんていらない』って言われるよ。シャツは紺か白でいい。最近は背中に『根性』とかプリントしてあるTシャツあるでしょ。意味ないよ。自分じゃ見えないじゃない。派手なものは一切ダメ。修行の身だから。うるさいんじゃないの。当たり前なの」

 練習時に着るユニフォームも、上着の色などは自由だったが、我喜屋がきてから白の上下に統一された。

拡大講演する興南高の我喜屋優監督= 2012年11月、石川県輪島市

 我喜屋自身も身だしなみには気を使っている。

 「いつも隙がない自信はあるよ。だらしない恰好はしたくない」

 グラウンド外は基本的にスーツだ。酒席でもスーツの上着を脱ぐことはあっても、ネクタイを緩めたり、腕まくりをしている姿は見たことがない。

 そうした小さな改革例は、それこそ枚挙に暇がない。

 こんなことも実行した。五つの委員会をつくり、部員54人がいずれかの委員会に必ず所属するようにしたのだ。

 環境保全委員会。学力向上対策委員会。節約委員会。記録情報分析委員会。時間・風紀委員会。以上がその五つの委員会だ。

 環境委員会は、寮やグラウンド、さらには周辺地域の環境の維持に努める。たとえば近隣地域のドブの泥さらいもする。学力向上対策委員会は、テスト前になったら、みんなをきちんと勉強させる。節約委員会は、電気の消し忘れや水道の止め忘れなどをチェックする。記録情報分析委員会は、対戦相手のデータ収集と分析を担当する。時間・風紀委員会は、就寝時間6分前に選手に呼びかけたり、起床時間に寮を巡回したりする。おおよそそんな感じだ。

 「ママゴトみたいなもんだけどね。これだけ人数いるんだし、役割を与えれば、なかなか試合に出られない選手でもやる気になるじゃない。節約委員会は、ここまで暗くしなくていいんじゃないの、ってぐらい節約して、水道代や電気代で19万円かかってたのを16万円ぐらいにしましたからね」

 学生野球の監督は、プロ野球とは違い、グラウンドにおける仕事などほんの一部だ。むしろそれ以外の部分、野球部という組織をいかにマネージメントするかが成否を分けるのだ。

 あるとき我喜屋は鞘から刀を抜くように言った。

 「俺はいつも落とすことしか考えてないからね」

 その迫力に射竦められ、返す言葉が見つからなかった。

 「簡単さ。ここで決めるから」

 そう言って胸に手を置いた。少しだけ空気が緩む。

 「散歩、手を抜いてる。そうじ、手を抜いてる。体操、手を抜いてる。全身を使ってアピールしてるじゃない。僕は絶対にミスをするので出さないでください、って」

 2010年夏、鳴尾浜臨海公園球場で練習していたとき、我喜屋は、甲子園でのある試合を振り返り、こう力説していたものだ。

 「あの試合、負けたのはピッチャーのせいじゃないよ。セカンドの怠慢プレーのせい。あそこでセカンドが全速力でカバーに行ってたら、1点でおさまったかもしれない。そうしたら全然違ったよ。あのセカンドはね、普段からチームの約束事、守ってないよ。俺は、(シャツの)第一ボタンをしめない、(シャツの)裾を外に出す、そういう選手は絶対に使わないよ。小さな決め事を全力でできない子、必ずああいう失敗をする。そいつで負けたら絶対、後悔するもん」

 就任当時、選手たちも、我喜屋がこんな話をしていたことを記憶している。ある選手がこっそりと明かす。

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筆者

中村計

中村計(なかむら・けい) ノンフィクションライター

1973年生まれ。千葉県出身。同志社大学法学部卒。スポーツ新聞記者を経て独立。『甲子園が割れた日―松井5連続敬遠の真実―』(新潮社)でミズノスポーツライター賞最優秀賞受賞。ほかの著書に『佐賀北の夏』(ヴィレッジブックス)、共著に『早実vs.駒大苫小牧』(朝日新書)、『横浜vsPL学園――松坂大輔と戦った男たちは今』(朝日文庫)など。『雪合戦マガジン』の編集長も務める。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです