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[13]興南アップ

中村計 ノンフィクションライター

 いきなり本題に入る人。

 我喜屋優がどういう人物かと聞かれたならば、ひとまずそう答えたい。

 電話のときもそうだ。

 「はい、我喜屋です」

 そう言ったきり、その後、こちらが何か言わない限り言葉が継がれることはまずない。「どうもどうも」という類の前置きは一切なく、用件が済めば、あっさりと電話は終了する。

 一介の記者に対する対応としては何ら不思議ではない。最初はそう思っていた。でも、何度電話をしても、その間合いは変わることがなかった。

 ただ単に自分のことを覚えてくれていないのだろうという楽観は、嫌われているのではないかという悲観に変わった。しかし、取材に行けば行ったで決してそんな風でもないのだ。

 よくよく聞いてみると、そんな不安にかられるのは私ばかりではなかった。我喜屋の教え子でさえ、同じような感想を抱いていた。

 「いつも、最近なんかまずいことしたっけ、って思っちゃいますね。最近どうだとか、元気にやってるかとか、まずないですから。優勝のお祝いの電話をしたときも『お、ありがと』だけでしたね」

 かといって、薄情な感じがするかというとそんなこともない。誰に対しても取り入ったりすることがない我喜屋のそんな態度は、不思議な安心感さえある。

 そして、この無駄を嫌う実際的な性格が野球にも確実に生きている。

 興南と言えば、独特のボール回しが有名だ。通常は、それぞれのベースを踏んだ状態で待ち、捕球し、次の塁へボールを回す。だが興南の場合は、前後左右、3、4歩離れたところで待ち、ベースに入りながら捕球し、ボールを回す。

 我喜屋が説明する。

 「試合で最初からベースについて捕ることなんて、ほとんどないでしょう。なんで試合にないことをやるの?」

 反論の余地がない。

 フリーバッティングやティーバッティングのときは、球種も、コースも一球ごとに変え、あえて打ちづらくする。

 「試合で、ここ投げますよ、って教えてくれるピッチャーいる? 打者に向かってくるボールは全部、敵のボールだよ」

 もっともである。一方では打ちやすいボールを投げて打撃フォームを固める方が先決だという考えもあるだろうが、我喜屋にとっては、そんな練習は電話のやりとりで言えば「前置き」、つまり無意味なことなのだ。

 電話のときいきなり本題に入ることを求めるように、野球でもいきなり試合に入れるような練習を求める。それが我喜屋流なのだ。

 部長の真栄田聡は、我喜屋がやってきたばかりの頃を思い起こす。

 「カルチャーショックじゃないけど、こんな練習もあるんだって思いましたね。後ろ向きにダッシュしなさいとか、横向きに走りなさいとか、斜めに走りなさいとか。考えたら、確かに守備で前を向いてダッシュするなんて動きはほとんどない。常に実戦、実戦、実戦だから、説得力がある」

 我喜屋が変えたのは、もちろん生活面だけではない。練習方法も全面的に見直された。その中でも特徴的なのはアップだ。 ・・・ログインして読む
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筆者

中村計

中村計(なかむら・けい) ノンフィクションライター

1973年生まれ。千葉県出身。同志社大学法学部卒。スポーツ新聞記者を経て独立。『甲子園が割れた日―松井5連続敬遠の真実―』(新潮社)でミズノスポーツライター賞最優秀賞受賞。ほかの著書に『佐賀北の夏』(ヴィレッジブックス)、共著に『早実vs.駒大苫小牧』(朝日新書)、『横浜vsPL学園――松坂大輔と戦った男たちは今』(朝日文庫)など。『雪合戦マガジン』の編集長も務める。