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納得できる浅田真央の引退表明。現役続行の鍵は……

青嶋ひろの フリーライター

 浅田真央は、誰よりも早くから注目を集めてきた選手だ。小学生のころから「天才少女」と騒がれ、筆者も初めて取材をしたのは彼女が12歳のころ。15歳で早くもシニアのグランプリファイナルに優勝し、そこからは常に全国民の視線にさらされ続ける日々が続いた。

 ただ、長く注目され続けただけではない。一試合一試合の成績のアップダウン、どころか、ジャンプ一本一本の出来不出来まで検証され、彼女の好不調に誰もが一喜一憂するような異常な注目度だ。3年前から彼女を指導するようになった佐藤信夫コーチは、試合のたびに大勢の報道陣に事細かにコメントを求められることに驚き、「浅田真央ってのは、すごい選手なんですねえ。こんな選手だとは知らなかったですよ」と苦笑いしたほどだ。

 国民的な人気を受けて、オフシーズンにはアイスショー、CM出演などに引っ張りだこ。フィギュアスケートブームとはいえ、ここまで広く一般層に注目され、ここまでリンクの内外で忙しい日々を送るスケーターは、日本のスケート史上一人もいなかった。世界のフィギュアスケート史を振り返っても、ここまで長期に渡り「特別」であり続けたスケーターはいないだろう。

 普通の選手の10倍練習する、誰よりも練習する、と言われたハードなアスリート生活。そして国民のアイドルであり続ける生活。特にシニアに上がってからのこの7年間は、ほんとうにきつかっただろう。安藤美姫やキム・ヨナのように一定期間競技から離れるという選択肢もあったし、あるいは今季のカロリーナ・コストナー(イタリア)のようにシーズン前半は欠場し、後半の試合だけ出場することもできた。

 「ベテラン選手は1年休めばかなり楽になる」とは、コーチたちもよく話すことだが、浅田真央がそれをすることはなかった。彼女が出場しなければ、テレビの視聴率も、広告関連も、また試合やショーのチケット収入も大きな影響を受けてしまう。それがあからさまに彼女を苦しめていたわけではないだろうが、暗に自分の影響力を感じとってはいただろう。

 試合前でも周囲への挨拶を欠かさないような性格も、アスリートとしては「いい子」過ぎた。自分に集中するべき試合の直前ともなれば、まわりを無視して会場入りする選手も多いし、それは当然許されている態度だ。

 そんな状況でも、知り合いと目が合えば笑顔で「こんにちは!」とあいさつする姿は、「真央ちゃん、そんなに気を使わなくても……」と心配になるほどだった。

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筆者

青嶋ひろの

青嶋ひろの(あおしま・ひろの) フリーライター

静岡県浜松市生まれ。2002年よりフィギュアスケートを取材。日本のトップ選手へのインタビュー集『フィギュアスケート日本女子 ファンブック』『フィギュアスケート日本男子 ファンブック Cutting Edge』を毎年刊行。著書に、『最強男子。 高橋大輔・織田信成・小塚崇彦 バンクーバー五輪フィギュアスケート男子日本代表リポート』(朝日新聞出版)、『浅田真央物語』『羽生結弦物語』(ともに角川つばさ文庫)、『フィギュアスケート男子3 最強日本、若き獅子たちの台頭 宇野昌磨・山本草太・田中刑事・日野龍樹・本田太一」(カドカワ・ミニッツブック、電子書店で配信)など。最新刊は、『百獣繚乱―フィギュアスケート日本男子―ソチからピョンチャンへ』(2015年12月16日発売、KADOKAWA)。

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