斎藤環
2013年05月13日
例えばあなたが精神を病んだとしよう。ありえない話ではない。医師が入院が必要であると判断し、たとえあなたやあなたの両親がそれを拒んだとしても、あなたの叔父さんや叔母さん、あるいは甥御さんや姪御さんが同意すれば、あなたは力づくで“鉄格子の向こう側”に送り込まれる可能性がある、ということだ。
これほどまでに問題の多い改正案であるにもかかわらず、今のところマスコミはおろか、精神科医による批判も患者団体からの糾弾もなされていないようだ。いったいいかなるニーズから、この法案が提出されたものか。知り合いの精神科医数人に尋ねてみたが、良くわからないということだった。
不可解なことに厚労省のホームページにも、この改正案についての情報が見あたらない。ちなみに先の記事によれば、今回の「改正」の目的は、入院の長期化や、患者の社会復帰の遅れをなくすことであるという。
確かに「改正」されるのは、入院の基準ばかりではない。退院の請求についても、これまで本人か保護者1人しかできなかったものが、3親等内の家族であればできるようにするのだという。
要するにこういうことだ。本人が心を病んでいるのに自覚がなく、その家族も世間体を気にしてなかなか治療に踏み切れない場合、見かねた親族の誰かが同意すれば早期の入院が可能になる。また逆に、病気が良くなっているのに両親が反対して退院が長引いているようなケースでは、本人が親戚に連絡を取るなどして退院許可を取り付けることもできる。早く治して早く退院できれば、長期入院する患者も減ってメリットが多い。おおかたそういうシナリオなのだろう。
しかし私には、どうしてもそうは思えない。この法案が通ったら、実質的には強引な「社会的入院」(病状よりも家庭の事情や世間体などの理由でなされる入院)が増えるだけではないか。
なぜそのように言いうるのか。私はかつて、とある地方の閉鎖病棟に勤務していたことがある。多くのケースの入退院にかかわった。閉鎖病棟ゆえに、そのほとんどは医療保護入院、あるいは措置入院だった。いずれも本人の意向よりも治療の必要性を優先する「強制入院」である。
地方では良くあることだが、病状的にはさほどでもないのに、一族郎党が患者を連れてやってきて「どうしても入院させて欲しい」と依頼されることも少なくなかった。もちろん診察した上で、
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