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ハフポスト日本版、朝日の口出しは無用――ソーシャルメディアのゆるさ認める寛容さを

瀬川至朗(早稲田大学 政治経済学術院教授)

 ハフィントンポストの日本版(ハフポスト日本版)を朝日新聞が出資してつくるという話を初めて聞いたとき、正直、既存メディアが出る幕ではないのでは、と違和感をおぼえた記憶がある。朝日新聞はリベラルな論調で知られるが、一方で社風は、同じリベラル色の強い毎日新聞よりはるかに組織的である。「朝日は官僚的」という表現もある。ピラミッド型のトップダウン組織はしっかりしている印象だ。

 ネットメディアであるハフィントンポストは、市民や学者らの「個」が発信するブログやコメントを中心とした「言論空間」の構築を得意とする。米国版のハフィントンポストは、その名前に代表されるように、編集長であるアリアナ・ハフィントンという著名人の「個性」とは切り離せない。米国においては米民主党寄りという「党派性」も魅力となり、オバマ政権下で急速に存在感を増した。日本ではというと、つい最近までほとんど無名の存在で、私が知人に「ハフィントンポストがね・・」と言うと「ワシントンポスト?」と何度か聞き返されたほどだ。

 編集長の強烈な「個性」を打ち出すことは、日本の組織メディアでは難しい。日本の全国紙は数百万~一千万部という世界でも一番多い読者を抱えており、様々な立場の読者を前に「党派性」を売り物にするのもまた難しい。そもそも、紙ではなくネットジャーナリズムで収益モデルをつくることが難しい。

 もう一つある。ハフポスト米国版はニューヨークタイムズなどの新聞ニュースサイトと読者数を互いに競っている。朝日新聞はニューヨークタイムズに似た存在である。朝日新聞のネットサイトはハフポスト日本版のライバルになる可能性がある。

 以上のことから、朝日新聞のハフポスト日本版への運営参画はミスマッチであり、うまくいかないだろうと考えていた。

 しかしながら、スタート時期が近づくにつれ、「これはもしかするともしかするかも」と、ほのかな期待感が少しずつ芽生えてきたのである。

 第一に、「朝日新聞がハフポスト日本版に出資」と勝手に思い込んでいたのだが、実は、「ハフポストが日本版運営で朝日新聞と提携」というように、ハフィントンポストあるいはハフィントン氏を主語にして考える方が、より現実に近いのではないか。

 ハフィントンポストの世界戦略を見ると、その点が読み取れる。

 米国版で成功したハフィントンポストは、その後ニューヨーク版、シカゴ版、サンフランシスコ版など米国内のローカル版をスタートさせた。さらに国外に進出し、カナダ、英国と英語圏でのサイトを構築した。非英語圏では手法を変えた。フランス版はルモンド、スペイン版はエルパイス、イタリア版はグルップ・エスプレッソというように各国の有力メディアと手を組んで運営を始めた。いずれも評価の高いリベラルなメディアである。日本版の朝日新聞もその点が共通している。朝日新聞はハフィントンポストの世界戦略の中で選ばれたメディアなのである。どちらが先に声をかけたかはわからないが、ハフィントン氏が朝日新聞をパートナーとして見初めたのは間違いない。

ハフィントン氏は常々、ハフィントンポストを、既存メディアとニューメディアの「ハイブリッド」と表現してきた。ニュースとブログ・ソーシャルメディアのハイブリッドとも言い換えることができる。既存メディアとネットメディア、相互の強い点を組み合わせて融合させる。ハフィントンポストが米国で培ってきたのは、既存メディアとネットメディアを双方向で交流させ、多様な言論空間を構築していくプラットフォームの方だ。海外に展開する場合、やはり、強力な取材力を持ちニュースを日々発信する有力メディアとの連携が必要なのである。

 朝日新聞のデジタル戦略にとってのメリットも見えてきた。

 日経電子版に利便性で後れをとり会員数が伸び悩んでいた朝日デジタルだが、東京本社版、大阪本社版など各本社の紙面の閲覧を可能にし、紙の紙面と同じ配置のニュースをデジタル版で容易に読めるようにし、会員数が順調に伸びていると聞く。ただし、日経、朝日などの電子新聞は会員制でパッケージを商品とするため、クローズドなシステムになる。つながりは分断され、ソーシャルメディアとの相性はよくない。

 既存メディアは、自分たちが培ってきたニュース生産力をソーシャルメディアと有機的に連結できる仕組みを欲している。朝日新聞はその技術をハフィントンポストから修得できるのである。

 ソーシャルメディアはつながるメディアと言われるが、既存メディア、ソーシャルメディアともに、日本の言論空間はさまざまに分断された状況が続いてきた。ツイッター上には、放射性物質の健康影響をめぐる「安全厨」と「危険厨」というグループができ、相互の交流は薄かった。ニュースとブログ・ソーシャルメディアをごちゃ混ぜにできるハフィントンポストのシステムは、分断された日本の言論空間を融合する力を持っているかもしれない。

 ただし懸念はある。朝日新聞が旧来の組織メディアの発想で口出しをすることだ。ぜひとも、出資はするが、やり方には自分から進んでは口を出さないということを堅持してほしい。ニュースが主でブログやコメントは従という旧来の発想では、新しいものは生まれない。ソーシャルメディアの「ゆるさ」を認める寛容さも必要だ。両者をフラットな地平におくことで、初めて、多様な言論空間である「多事争論」の場の創出につながる可能性が出てくるのだ。(5月7日のローンチ前に寄稿)

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瀬川至朗(せがわ・しろう)

早稲田大学 政治経済学術院教授。1954年生まれ。東京大学教養学部卒。元毎日新聞編集局次長。記者時代は社会、医療、環境、国際問題などを取材。現在は早稲田大学大学院ジャーナリズムコース(J-School)で「個」として強いジャーナリストの養成教育に携わっている。