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我々は民主主義国家に住んでいるのだろうか(1)――スポーツ団体と公私混同

大坪正則 大坪正則(帝京大学経済学部経営学科教授)

 我々は、選挙をルール通りにできない国、他民族の虐殺を繰り返す国、人々が自由に意見を言えない国を民主主義国家とは呼ばない。また、政治家や官僚が袖の下を強要する国や国家元首が交代するたびに元元首の側近や家族の収賄が取り沙汰される国があることも知っている。そんな国は他国に尊敬されるだろうか。民主主義が機能している国と言えるだろうか。「否」である。

 しかし、日本を「公私の区別」の観点から分析すると、賄賂が当たり前の国と五十歩百歩であることが分かってくる。

 一例がスポーツ界である。日本オリンピック協会(JOC)の加盟団体、たとえば、テコンドー、スキー、ライフル射撃、重量挙げ、柔道などが助成金や補助金の不正使用(還流や流用など)を行っていたことが報道されてきた。問題が表面化するたびに不正防止が唱えられるものの、依然として不正撲滅に至っていない。

 これはアマチュア団体の幹部に公私の区別がないことが主たる原因だ。助成金や補助金は団体が額に汗して稼いだ金でないために予算執行の過程で金の使い方が甘くなってしまうのだろう。とはいえ、概して日本人は、予算編成の段階では注意深く見守るが、実際の予算消化(資金使用)についてはさほどの関心を示さない特殊な民族である。だから、スポーツ界だけではなく、税金の不正使用や無駄使いが色々な分野で蔓延している。

 その中で、規模が大きくて悪質なのが政治家と官僚の私欲ではないだろうか。1票の格差是正や衆参議員の削減は小手先の対処でお茶を濁し、公務員改革はかけ声だけで全く前進しない。政治家や官僚の行為は、個人レベルではなく、組織ぐるみで、かつ狡猾で精緻だから、彼らが税金を彼らの組織や個人と仲間全体の将来保全のために流用しても、ほとんどの国民は気づいていない。

 その結果、国は約1000兆円に達する膨大な借金を作ってしまった。国の借金は国民の借金だから、総人口で割ると国民1人当たり約780万円の負担となる。国家財政がどんなに悪化しても予算は決して節約(縮小)されない。使用が限定された予算を適当な理由を付けてほかの分野に流用するのも日常茶飯事だろう。

 国家の損失よりも自分たちの利益を優先する政治家や官僚たちの巧妙な振る舞いは民主主義国家の「公僕」とは言い難い。そして、彼らに歯向かう者が出てくると、たとえ剛腕政治家であっても組織を挙げて彼の失脚を企てるし、個人も彼らの手にかかると、いとも簡単に社会から抹殺されるのだ。そんな事例を我々はたくさん見てきたし、知っている。

 オリンピック競技からのレスリング除外の問題や2020年オリンピックの東京招致活動の過程で、スポーツの世界が欧米人によって管理・支配されていることが知られるようになった。

 だが、欧米人の支配はスポーツ界にとどまらない。生活様式から考え方(思想・理念・使命)に至るまで、今の世の中は欧米人の慣習が基本になっているのだ。彼らの慣習は祖先が長い歴史の中で、時には血を贖(あがな)ってまで獲得した「権利」の行使である。そして、その権利の行使とは「民主主義の遵守」である。

 民主主義の下で国家が最優先すべきことは、国民の生命と財産を守ることであり、「人権尊重」「平和主義」「国民主権」の実践ということになる。政治と政府は「人民」のために存在する。政治家や官僚は「公僕」でなければならない。つまり、彼らに「公私混同」は許されないのだ。だが、日本の現状を見た欧米人は、日本を真面目な民主主義国家と思うだろうか。

 我々は、公私混同が悪であることを学校で習って、承知している。ところが、欧米人と話をすると、彼らの多くから「日本は異質だ」と聞くことが多い。

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筆者

大坪正則

大坪正則(おおつぼ・まさのり) 大坪正則(帝京大学経済学部経営学科教授)

1947年生まれ。1970年、伊藤忠商事に入社。1981~85年まで、アメリカのニューヨークとデンバーに駐在。情報通信総合企画室などを経て 1986年、NBAプロジェクトマネジャーに。現在、帝京大学経済学部経営学科教授。専門はスポーツ経営学。著書に『パ・リーグがプロ野球を変える』『スポーツと国力』(以上、朝日新書)、『プロ野球は崩壊する!』(朝日新聞社)、『メジャー野球の経営学』(集英社新書)など。2014年3月4日、死去。

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