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緞帳は上がった――伝承と斬新のはざまで

薄雲鈴代 ライター

 歌舞伎座の象徴――黒・柿・萌黄の三色からなる定式幕(引幕)とは別に、劇場には緞帳が吊るされている。劇場に入ったときに、まず目にする美しい綴れ織のことである。

 世界中にある劇場の数だけ緞帳はあれども、綴れ織の緞帳は日本特有のものである。それを確立したのが京都の川島織物セルコンだ。日本中の緞帳を一手に引き受けている。なにしろ、本来、着物の帯幅だけあれば事足りる織機を、25メートル以上の長大なものにしただけでも凄いことである。

 新装歌舞伎座に掲げられた緞帳は4幕ある。川島織物制作の『朝光富士』(松尾敏男画伯筆)、『水辺の四季』(上村淳之画伯筆)、『夕顔図』(安土桃山期の屏風原画)と、龍村美術織物が手がけた『春秋の譜』(中島千波画伯筆)である。縦6.5メートル、幅28.4メートル、重さ1トンからなる大きな織物絵画である。

 巨大な織機の前に、十人もの織り手さんたちが並ぶ。すべて手織りで、熟練の手にかかっても一日わずか十数センチ織り上がればいいところ。近代化された作業場であっても、そこで行われていることは、まるで古代ペルシアの織物制作と同じで、織人が一列に並んで粛々と織っていく。いにしえから受け継がれた気の遠くなる技である。

 数年がかりで完成した緞帳が、この春やっと歌舞伎座に掲げられ披露されている。

 新聞各紙にその緞帳の写真が掲載されたが、綴れ織は、現場で生(なま)に観なければ、その美しさを知ることはできない。何千、何万の糸が、劇場の照明や空気に触れて生きているように発色し、存在感を主張するのだ。生の魅力、それはそのまま歌舞伎の舞台にも言えることである。

 この頃では、テレビやDVDのみならず、松竹系の映画館でも歌舞伎が掛かっているが、生の舞台の臨場感に優るものはない。

 この5月、京都の南座(『伊達の十役』)に主演していた市川海老蔵が、いま歌舞伎座の『助六由縁江戸桜』に登場

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