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データ確認でテスラに敗れた ニューヨーク・タイムズの憂鬱

小林啓倫(日立コンサルティング シニアコンサルタント)

 人間が行うものである以上、報道には誤報がつきものだ。それはニューヨーク・タイムズ(NYT)のようなメディアも例外ではないが、同社と電気自動車メーカーであるテスラ・モーターズとの間に起きた争いは、思いがけない展開を見せた。

 問題の発端となったのは、2013年2月にNYTのジョン・ブローダー氏が書いた1本の記事。テスラから発表された「モデルS」に関する記事なのだが、同車を借りて試乗したブローダー氏が、さんざんな目にあったことを暴露したのである。

2月にNYT のジョン・ブローダー氏が書いた「モデルS」の記事拡大2月にNYT のジョン・ブローダー氏が書いた「モデルS」の記事

 

 ブローダー氏は試乗用のモデルSをテスラから借り、デラウェア州から北上するルートを数日かけてドライブした。1回の充電で走行可能な距離になるよう、計算してルートを設定していたのだが、途中でバッテリー切れの警告が出るようになり、やむなく空調を切るなどして対応(外は零下の寒さであったにもかかわらず)。それでも最終的に電池切れしてしまい、トラックを呼んで運んでもらうという結末になったそうだ。

 他にもブローダー氏は、前日にはバッテリー残量が90マイル(約145キロメートル)分と表示されていたのに、翌朝見てみると25マイル(約40キロメートル)分にまで減っていたこともあったと報告。全体として、モデルSの性能に大きな疑問を投げかける内容であった。実際にこの記事が発表された後、テスラ社の株価は約12ポイントも下落し、モデルSの予約キャンセルも相次いだそうである。

試乗記事の評価に対し取材相手がデータで反論

 ところがこの記事に対し、テスラのイーロン・マスクCEOがブログで反論。ブローダー氏が試乗したモデルSから、走行中に記録されていたデータをダウンロードし、それを示しながら記事は誤りだと訴えたのである。例えば問題の充電に関しては、1回目の充電ステーションでチャージした充電量が90%、2回目が72%、3回目が28%と、各区間で100%からほど遠い状況だったことを指摘し、さらにバッテリーが切れたという記録も残っていないことを明らかにした。また空調についても、設定温度を下げたとされた地点から、実際には車内気温が上昇していると説明している。

 これに対し、ブローダー氏も再び記事で反論を行ったのだが、最終的にはNYTのパブリック・エディターであるマーガレット・サリバン氏が「ブローダー氏の書いた記事には不備がある」と認める見解を発表することで、最初の記事の公開から1週間を経て、一応の決着が付く形となった。

 報道される側が何らかの記録を残し、報道内容に対して異議を申し立てる―これまでも行われてきたことであり、テスラ対NYTの一件は決して初めてのケースというわけではない。しかし注目に値するのは、集められた情報の詳しさと、こうした状況が普遍的なものになる可能性を示している点である。

 今回テスラ社が提示したデータは、非常に詳細なものだった。バッテリーの充電状況はもちろんのこと、充電が行われた長さ、走行距離と各地点でのスピード、さらには車内の気温に至るまで事細かなデータが記録・蓄積されている。もちろんこうした情報のすべてが、市販されるモデルSにおいてもテスラ社側に吸い上げられると決まったわけではない。しかし取ろうと思えばこれだけの情報を取ることが可能であり、そしてそれを分析することで、走行中の状況を詳しく再現することが可能であることが示されたわけである。

あらゆるデータがある時代、それを前提に取材すべし

 このようなデータの蓄積・分析が行われる機会は、これから電気自動車以外の分野にも広がっていくと考えられる。

 例えば東京急行電鉄とシャープは、ロボット掃除機を賃貸マンション居住者に貸し出し、その利用データを蓄積・解析して居住者のニーズに合わせた情報を配信するという実証実験を行っている。それだけロボット掃除機が蓄積するデータが、生活の状況やスタイルを表すものになり得るわけだ。

 また米国のジョウボーンやフィットビットなどといった企業は、通信機能付き歩数計を販売しており、着用者の運動・睡眠状況を分析して健康アドバイスを行うサービスを行っている。センサーやそれに準ずるものによって、あらゆる場面で詳細なデータが蓄積されていくのが今後の世の中では普通のことになるだろう。

 問題はこうして記録されたデータが、必ずしも人間が知覚した現実とは一致しないという点である。例えば気温などは、客観的な数値と体感温度とでは大きな差が出て当然だ。前述のサリバン氏も、ブローダー氏のミスを認めつつ「彼が誠実に試乗を行い、経験した通りを記事にしたと信じている」と述べている。悪意から出たねつ造は論外として、同じような行き違いがいつ繰り返されてもおかしくないだろう。

 記者の側でも自己防衛として、メモだけでなくセンサーを持ち歩いて記録するということが行われるようになるかもしれない。いずれにせよ今後のネット社会では、何らかの記録が行われているという前提で取材対象に接するのが常識になっていくのではないだろうか。

    ◇

小林啓倫(こばやし・あきひと)
日立コンサルティング シニアコンサルタント。1973年東京都生まれ。筑波大学大学院地域研究研究科修士修了。国内SI企業、外資系コンサルティング会社等を経て、2005年より現職。著書に『リアルタイムウェブ―「なう」の時代』『災害とソーシャルメディア―混乱、そして再生へと導く人々の「つながり」』(共にマイコミ新書)など。

 

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