メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

news letter
RSS

『いびつな絆 関東連合の真実』が明らかにした「関東連合」の正体

小野登志郎 ノンフィクションライター

 関東連合の元幹部が書いた暴露本『いびつな絆 関東連合の真実』(宝島社)が売れているという。書いたのは元関東連合を名乗る工藤明男という人物だ。著者はこう書いている。
 「本書は事件の解明と、これからの刑事裁判で争われるであろう、見立君の捻じ曲がった“方針”に対抗するために執筆した。刑事裁判を意識して、私に立証責任が負える範囲でしか書いていない。すなわち私の上梓した本書が、そのまま刑事裁判における参考人調書となるように執筆したつもりだ。私が刑事裁判で証言を求められれば、そのまま証言できる内容になっている」
 これが執筆の動機だという。
 それ故か、五章、六章は事件関係者と首謀者とされ海外逃亡している見立真一容疑者と他のメンバーとの出頭を巡る“軋轢”に当てられている。
 この本は内部にいたものしか書けない生々しいもので、いわゆる関東連合なるものが如何なるものだったのかということを白日の下にさらしている。
 著者が言うには、現在「半グレ」という風に捉えられている元関東連合の実態は暴走族関東連合の中の、ある世代だけだという。
 「一口に『関東連合』と言っても『暴走族としての関東連合』の現役はS58年生まれの世代を最後に一人もいない。さらにいえば、過去の歴史がどうであれ、私たちの前の世代の『関東連合』と私たちは関係ないとも考えている。この後詳しく書きたいが私たちは自分たちの『6世代』以外を、今世間で言われている『関東連合』としては認めていない。関東連合のOBに対しても、年齢がいくつ上であろうが『関東連合の先輩』として敬うことはない。私たちは先輩・後輩という関係性については強いこだわりを持ってきた。しかし単に歳が上というだけでは先輩とは呼ばない。実際に面倒を見てもらったり、何か世話になったことでもなければ、決して先輩とは認めない」
 と書いているように、今世間を騒がせている「関東連合」とは若干の例外を除けばS53年世代からS58年世代の6世代のみをさすということだ。その年上世代であるS53年世代に今回の事件の中心人物見立真一(34歳)がいた。著者の工藤氏はこの見立とかなり親しかったようで、フラワー事件直後に見立と直接会い、聞いた話を書いている。この本を読んでまず印象に残ったのが「関東連合」とは、見立真一容疑者という男の“人格”に少なからず規定されていたということだ。

■見立真一という男 その“恐怖政治”による強制された“絆”とその崩壊■

 著者の工藤氏が言うには、見立真一という人物はかなり特異な性格をしていたようだ。「残虐王子」と呼ばれた見立容疑者は、身長168cmで取り立てて優れた肉体の持ち主でない。腕力もそれほどではなかったという。この見立を際立たせたのはその残虐性と執拗さだったという著者は言う。残虐性はともかく、執拗さというのは組織を司る上で重要な要素となっている。見立容疑者と比べるのもなんだが、スターリンの恐怖政治を支えた秘密警察の長・べリア、毛沢東の秘密警察の長、康生もその執拗さは半端なものではなかった。中でも毛沢東の支配を様々な陰謀を駆使して支えた康生という男は、執拗さと残虐さという点で見立とよく似ているかもしれない。康生は人を支配するのは“恐怖”であることを何よりよく理解していた男である。彼の前では中国共産党の歴戦の勇士も無力であった。暴力的な組織には、恐怖を司る人物が不可欠なのだろう。
 「関東連合」はこの見立容疑者の“恐怖政治”の賜物だったのかもしれない。そして今回の事件で見立容疑者が海外逃亡したことで、この“恐怖政治”のタガが緩んだことを工藤氏は赤裸々に語っている。見立容疑者が海外の逃亡先から出した方針は、メンバーには「身勝手な自己保身」としか映らなかった。その方針は“恐怖政治”があってこそ機能するものだが、当の見立容疑者が海外逃亡し、日本にいない状況では効力は半減してしまった。それでも見立容疑者を支援し、その方針を貫こうとする勢力が未だいることは、見立容疑者の“恐怖政治”がそれこそ凄まじいなものだったことを裏付けている。
 著者によれば、見立容疑者は常々「関東連合は横並び」と語っていたそうだ。しかし今回の事件後の見立容疑者の立ち振る舞いは、それと正反対のものでしかない。もともと見立容疑者の身勝手さをメンバーはそれなりに意識していたようだが、彼の“恐怖政治”の前に沈黙していた。それが今回の事件の処理において彼の身勝手さに対する不満が爆発したようだ。
 著者の工藤氏が本のタイトルとした「いびつな絆」は、まさに見立容疑者の恐怖政治による絆のことを指すのだろう。そしてその恐怖政治が後退したとき、この“絆”はまさに幻想の絆と化したのだった。こうして「関東連合」の一部のメンバーが恐怖政治の呪縛から解きはなたれた時、この“いびつな絆”も終焉を迎えざるを得なかったのである。

■見立真一容疑者は何を目指したのか■

 著者の工藤氏がいうように「関東連合」はヤクザの組などの既成暴力団とは一線を画すものだった。見立容疑者自身をはじめ「関東連合」のメンバーの少なくない部分がヤクザ組織に身を置いたが、著者によればそれは方便に過ぎなかったらしい。特に見立容疑者はヤクザの“利用”を目指していたようだ。見立容疑者が選んだのは若干の金を払い看板を借りるという方法で、それは部屋住みなどのない緩いものだった。見立容疑者にとってはあくまで「関東連合」が主でヤクザは従だった。しかし、その“自由”〝並列〟が売りだった「関東連合」は、緩いものとはいえヤクザと関わりを持ったことは「関東連合」に少なくない影響を与えずにおかなかった。「関東連合」とヤクザ組織の間にも「いびつな関係」が生じたのである。

 そもそも見立真一容疑者がヤクザに接近していったのは、今回の「フラワー事件」の遠因とされる2008年の西新宿集団暴行殺人事件で“親友”の金城剛弘さんが殺されたことにある。金城さんを殺害したのは「関東連合」、というより見立と対立していた「キム兄弟」(文中による)と呼称されていた、あるアウトローを中心とした集団であるとされている。
 関東連合の看板に傷をつけられたこの事件によって見立容疑者は、以後いくつかの変遷を経ながら「キム兄弟」を狙うことになる。「キム兄弟」の弟は山口組系のヤクザ組織の構成員(関係者)となっていた。そのキム弟を襲撃することは山口組との激突を意味する。そこで見立容疑者は対抗上、ほかのヤクザ組織と接近したようだ。しかし、「キム弟」は山口組から絶縁される。すると見立にとってヤクザ組織との関わりは意味のないものになった。こうして見立はまたしてもキム弟を直接狙うことになったのである。そしてこれが「フラワー事件」の伏線となったのである。
 ところで見立真一容疑者、そして彼にけん引された「関東連合」は、一体何を目指したのだろうか。その一端が本書に書かれている。
 それは著者の工藤氏が、事件後見立容疑者と直接会って話したくだりにある。工藤氏は見立容疑者に現場に行ったのかと聞く。すると見立容疑者は「いや~、行っちゃったんだよね。下の奴からキム弟ぽい奴がいるっていう連絡があって、自宅から向かったんだよ。で、キム弟かどうかまだ判らないというから最初は金城(勇志被告)に顔を見に行かせたんだよ。太一(石元太一被告)だと顔が割れているし、目立つから、あまり近くには行けなかったみたいで、『そうかもしれないけどわからない。違うかもしれない』って曖昧だからそれでとりあえず(顔)を見にいこうということになったんだよ。先頭きって相手のところに行ったら、あ、違うかも……と思ったけど、とりあえずぶん殴っておいた。席に行ってキム弟かどうかどうか話して確かめるつもりだったんだけど、相手(被害者)が立ち上がってくるからさ。とりあえずぶん殴っておいたんだよ」と答えたという。
 この時点ではまだ見立容疑者にはほとんど緊張感らしきものは感じられない。この見立の話を聞いて工藤氏は、見立容疑者は復讐などと言っているが本当はただ暴れたかっただけはないかという感じをぬぐえなかったようだ。元々見立容疑者には「ジェノサイド」と見まがう、相手が誰でも見境なく暴力をふるい、そのことで自分を誇示する傾向があったとある。見立容疑者の拠り所は暴力による“恐怖支配”である。その意味で、ある一定のサイクルで激しい暴力を発露させなければならなかった。工藤氏が言うように世間を震撼させた「フラワー事件」の真相はこんなところにあったのかもしれない。
 と同時にもう一つ見逃せない点がある。今回の襲撃には「関東連合」の主なるメンバーが直接の現場に行ってはいないことだ。本書で工藤氏が支援している事件の被告となった古参のA、Bがそれだ。実際の襲撃実行犯は、ろくに喧嘩もしたことのない若い後輩連中だったようだ。工藤氏は彼らの事を「関東連合のメンバーではない」と書いている。つまり、「フラワー事件」の地点で、見立容疑者直系の百井茂(被告)、石元太一(被告)など一部のメンバーを除いては「関東連合」の主なメンバーは襲撃に直接参加してはいない。A,Bにしたところで見立容疑者に召集をかけられて仕方なく現場に出向いた程度だ。つまり、この地点で見立容疑者は、古参メンバーから見限られつつあったということだ。
 その背景は工藤氏も言うように、朝青龍事件、海老蔵事件などで「関東連合」が世間から注目を集め出していたことがあるようだ。「関東連合」の古参メンバーは歳をとってきた。工藤氏のように“実業”に手を染めるメンバーも少なからずいた。彼らにとって警察や世間に目立つことで、良いことは何もなかった。このようにして「フラワー事件」以前に「関東連合」の緩やかな崩壊が始まっていたのではないだろうか。そして「フラワー事件」はそれを決定づけただけであろう。
 まだ見立真一容疑者の“恐怖政治”は効力を持ち、彼に召集をかけられれば参加せざるを得ないメンバーもいた。見立容疑者の幼馴染で早い時期から見立と行動を共にしてきたA,Bがその典型だ。しかしその見立容疑者が海外逃亡し、いつ日本に戻るかわからない状況では、その“神通力“にも陰りが出て当たり前なのだ。そして彼ら「関東連合」の絆は、工藤氏が言うように見立の”恐怖政治”による「いびつな絆」でしかないなら、その崩壊は当り前であろう。この地点で見立容疑者の幼馴染であるA,Bは、見立容疑者の身勝手な自己保身方針に異を唱えることで、見立容疑者を見限っていった。
 工藤氏は「関東連合」を、渋谷を本拠地とし愚連隊からのし上がった安藤組になぞらえている。しかし見立容疑者は安藤昇や花形敬にはなれなかった。工藤氏も言っているが「関東連合」は子供の愚連隊がそのまま大人になったようなもので、そこには過去の愚連隊が同じであったように限界があったのかもしれない。関東連合を“大人の組織”いわゆる暴力団のように厳格な縦組織にする機運もあったと聞くが、見立容疑者が首を縦に振ることはなかった。工藤氏によれば「見立君はトップになればその責任を取らなければならず、それが嫌だったのだろう」といったことを書いている。関東連合が闇社会の組織として機能不全に陥ったのは、“恐怖政治”で「関東連合」を支配し成長させた、その見立容疑者自身の身勝手さであったと言えるかもしれない。

■「関東連合」の“いびつな絆”と「怒羅権」の残留孤児という絆■

 ところで「関東連合」は今年初め「準暴力団」に指定されたが、その時同じく「準暴力団」に指定されたものに「怒羅権」がある。「怒羅権」も元々は暴走族を母体とした組織だ。しかし「怒羅権」と「関東連合」には大きな違いがある。「関東連合」が杉並、世田谷の中産階級の子弟であるのに対し、「怒羅権」は中国残留孤児2世3世が中心となって組織したものだ。「関東連合」の絆が見立真一容疑者の“恐怖政治“を基礎に置く「いびつな絆」であるならば、「怒羅権」のそれは中国残留孤児という、まったく別のベクトル、志向性をもった強固に結ばれた絆がある。この絆はけっして日本国内だけのものではなく、彼らが生まれ育った中国東北部、そして世界に散らばる華僑ネットワークとも結ばれている。中国残留孤児2世3世であるという紐帯で結ばれた彼らは、窮地に陥った仲間を見捨てることはないだろう。歴史を顧みるときアウトローとは、こうしたある紐帯で結ばれていたケースが多いことに気付く。アメリカのイタリア移民の中から生まれたマフィアや中国の青幇などがそれといえる。日本でも山口組の全国制覇の先兵となった柳川組の構成員の多くは、在日コリアンだった。

 「怒羅権」もこの柳川組のケースとよく似ている。ある意味彼らは生きるために徒党を組んだ。その点「関東連合」は生きるための徒党とは違った。精神的にはさまざまあったかもしれないが中産階級に生まれたメンバーが多い「関東連合」は、少なくとも生きるために結成した組織とは言えないだろう。敢えて言うならば「遊ぶための組織」だ。こうした組織は確たる紐帯を持たないため、一度崩壊し始めたら歯止めが効かない。そもそもフラワー事件の前から、関東連合のメンバーの多くは、見立率いる暴力装置から表社会でも通用する「生業」に衣替えをしていたと工藤氏は書いている。いびつな絆による遊びの終焉は、いつ来てもおかしくはなかったということかもしれない。
 見立無き後の「関東連合」は、工藤氏も言うように雲散霧消していく運命にあるようだ。こうしてみると「関東連合」も工藤氏の言うように見立真一の「関東連合」であり見立真一容疑者が海外逃亡で日本から姿を消した地点で消滅する運命だったのかもしれない。

 最後に一つだけ付け加えておきたい。それは「関東連合」を生み出した一つの要因に暴対法、暴対条例があるということだ。この法律の施行で指定暴力団は表立った活動がきわめて制限された。その間隙をぬって登場してきたのが「関東連合」や「怒羅権」などのいわゆる「半グレ」集団と言われるアウトローたちだ。ある意味「半グレ」集団は暴対法、暴対条例の“賜物“と言えなくもない。
 工藤氏も書いているように、世間には暴力団などの反社会的勢力と酒席を共にすることをステータスと勘違いするお歴々がいる。暴対法、暴対条例施行以来、それが出来なくなった。そんな彼らが目を付けたのが「関東連合」のアウトローたちというわけだ。六本木や西麻布など日本の歓楽街では、連日のように「関東連合」を引き連れて飲み歩くお歴々がいたことを本書は詳しく著している。世間を騒がせた朝青龍事件や海老蔵事件はこうした最中に起こった事件だ。朝青龍、海老蔵に限らず「関東連合」に接近したスポーツ選手、芸能人は数多くいた。
 それだけではない。イニシャルではあるが、エイベックスやバーニングなどのような大手芸能プロも彼らを利用したことがほのめかされている。こうした業界のエスタブリッシュメントたちの趣味嗜好の果てが「関東連合」を増長させたのは間違いないだろう。こうした輩がいる限り「半グレ」のタネは尽きない。

 もう一つ、「実態が知られてこなかった関東連合を取り上げた本が、なぜ注目を集め、売れるのか」。この問いに答えておくならば、関東連合のメンバーたちの年代は格差社会と呼ばれる状況から生まれてきている。「こんな時代にあって、上手いことしている連中がいる」。格差社会の底辺でそう思わざるを得ない彼らと同世代の人間は数多いる。関東連合とはこの捻じれた社会のダークサイドヒーローでもあった。そんな彼らの赤裸々な姿を垣間見てみたい、そう思う人間が多数いることに驚きはない。

 『いびつな絆』において真に驚くべきことは、著者の工藤氏が意図的に書いていないことはあるだろうが、書かれていることはほぼ事実であろうこと。今までにも「告白」と題する自伝は数多あるが、日本の闇社会の当事者が、ここまでノンフィクションに徹し、なおかつ同時代的に著した例を、わたしは知らない。

 このような本が出版されること自体、日本の闇社会が透明化されてきたことの証左ともいえる。あくまでも過去に比べて、相対的にではあるが、一昔前であればまず間違いなくこの本はあり得なかった。もしからしたら何がしかの打算とさまざまな組織、グループ間の入り乱れた力関係の隙間があったやもしれないが、それでもなお、この本を出すことが出来たことの意味を考え、評価すべきであろう。それは筆者自身の勇気に帰することももちろんあるが、それだけではなく、法を犯すアウトローに対する警察権力の強化と我が国の市民社会の成熟が、彼らを包囲し、そして彼ら自身に自らを吐露せざるを得ない状況に追い込んだこと、そしてなによりも、著者がこの本を出すことができるだけの安全な環境を、ようやっと整えることができたのだから。

 この本の著者は今も敵対勢力に狙われており、実際、警視庁の保護対象に認定されてもいる。もし万が一、著者の身に何かが起こった場合、それは警察の面子が潰れるだけの話ではない。彼らが今後、自身と自身の組織について語ることを恐れ、せっかく構築された「告白の環境」が破壊されることにもつながるだろう。そういう意味でも、数多くの罪を犯したのかもしれないが、その悪を問うためにも、この闇社会の告白者をいかにして守るかが、今、問われていると私は思っている。

 

筆者

小野登志郎

小野登志郎(おの・としろう) ノンフィクションライター

1976年、福岡県生まれ。早大中退後、フリーのライターとして執筆活動を始める。在日中国人や暴力団、犯罪などについて取材し、月刊誌や週刊誌に記事を掲載している。著書に『龍宮城 歌舞伎町マフィア最新ファイル』『ドリーム・キャンパス』『アウトロー刑事の人に言えないテクニック』など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

小野登志郎の記事

もっと見る