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唇に塗香(ずこう)―お精霊(しょらい)さんを迎える鐘撞く乙女たち

薄雲鈴代 ライター

 死者をこの世に迎える鐘が響き渡る。京都鳥辺野の麓、六道珍皇寺の迎え鐘である。千年より昔、鳥辺野へ葬る死者に引導を渡した寺で、あの世とこの世の境界とされていた。あの世が近いゆえに、幽霊噺が多く伝わり、墓の中で赤ん坊を育てた幽霊が夜ごと飴を買いに来る「幽霊子育て飴」の舞台でもある(この話にインスパイアされて、水木しげるの『墓場の鬼太郎』は誕生したという)。

 珍皇寺の迎え鐘を撞くと、十万億土の地まで鐘の音が届き、その音をたよりに死者がこの世に還って来られるという。京の人々は先祖の霊を迎え、高野槇の枝に霊をのせて家に連れ帰り、一緒にお盆を過ごして、五山の送り火の16日にまた先祖の霊を送り出す。その皮切りが珍皇寺「六道まいり」(8月7日~10日)の迎え鐘である。
 おごそかなるそのお盆行事は、京の町の人にとって日々の暮らしの「当たり前」であって、数年前までいたって素朴なものであった。おじいさんやおばあさんが孫の手を引いて鐘を撞き、「お精霊さんが帰ってきはった」と言って参ったものである。それが近年、鐘楼のまわりに幾重もの列ができ、整理券が配布されて2時間待ちという状態。早朝6時から夜の10時まで途切れることなく鐘が撞かれる。訪れる人々を眺めていると、地元の人より明らかに観光客が多い。それも若い人々が目立つのだ。
 たしかに摩訶不思議なところではある。平安時代の官僚である小野篁は、毎夜、珍皇寺の井戸からあの世へ出かけて閻魔庁で第二の冥官を務めていたという。境内の閻魔堂には、

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筆者

薄雲鈴代

薄雲鈴代(うすぐも・すずよ) ライター

京都府生まれ。立命館大学在学中から「文珍のアクセス塾」(毎日放送)などに出演、映画雑誌「浪漫工房」のライターとして三船敏郎、勝新太郎、津川雅彦らに取材し執筆。京都在住で日本文化、京の歳時記についての記事多数。京都外国語専門学校で「京都学」を教える。著書に『歩いて検定京都学』『姫君たちの京都案内-『源氏物語』と恋の舞台』『ゆかりの地をたずねて 新撰組 旅のハンドブック』。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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