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紀伊國屋とアマゾンで価格が違う 電子書籍の消費税「内外格差」解消を

植村八潮(専修大学文学部教授)

 インターネットビジネスが普及する中で、国境を越えた経済活動に対する課税問題が急浮上している。国内における端的な例が、電子書籍販売における消費税課税の問題である。

 一例をあげてみよう。今年度上半期の芥川賞を受賞した藤野可織の『爪と目』は、7月26日に単行本と電子書籍が同時刊行された。発売日に紀伊國屋書店のウェブサイトで比較すると、両者とも「¥1、260(税込)」だった。一方、アマゾンで調べてみると単行本は「価格:¥1、260」とあるが、電子書籍は「Kindle価格:¥1、200」で、5%分安くなっていた。

 一見、アマゾンによって電子書籍が値引きサービスされたようにみえるが、この差の背景には「税込」、つまり消費税がある。本体の値段が同じでも、アマゾンの電子書籍を購入した読者は、消費税を課税されていないのだ。どうしてこのようなことになるのだろうか。単行本は国内事業者であるアマゾン・シーオー・ジェーピーが販売しているが、電子書籍は「販売:Amazon Services International, Inc.」とある。海外事業者により、海外のサーバーから購入者に送られていることがわかる。

 税に関しては全くの門外漢で、納税者としての一般的な知識しか持ち合わせていない。そこで国税庁のホームページを参考に、にわか勉強してみた。

 消費税は商品販売やサービス提供などの取引に対して課税される間接税で、消費者が負担し事業者が納付している。国内のほとんどの取引と海外からの商品輸入が対象である。「ほとんど」としたのは、消費税の性格や社会政策的な配慮から一部の取引が非課税となっているからだ。商品輸入であれば、輸入業者や個人購入者が、税関で輸入消費税を納税している。

 これに対して、もともと消費税の対象外となる不課税取引がある。海外事業者による電子書籍や音楽の扱いなど、海外のサーバーからのデジタルコンテンツ販売がこの例である。サービス提供地が国外にある「国外取引」となり、課税対象とならないのだ。この結果、電子書籍を購入しようとすると、国内にサーバーのある紀伊國屋書店、凸版系のブックライブなどと、海外サーバーから配信しているアマゾンやkoboなどでは、同じ電子書籍商品でも消費税分の価格差が生じているのだ。

 なお、講談社、小学館などの大手5社の刊行物は「出版社により設定された価格です」と表記されて(税込)と表示される。これは、出版社がアマゾンに販売委託契約しているためで、この場合、消費税は出版社が納めている。

 日本では公正取引委員会の見解により、電子書籍は非再販商品扱いである。独仏のように、印刷書籍と同様に出版社に価格拘束を認めることは、今後もまず考えられない。電子書籍の値引き競争は、今後、激しさを増すだろう。ただし、常に消費税分の価格差があるのであれば、その差を国内ネット事業者が埋めるのは至難である。

 問題は電子書籍だけでなく、全てのデジタルコンテンツ販売に波及している。ネット価格は簡単に比較できることから、消費者の反応も敏感である。2014年以降、消費税が8%、10%と引き上げられれば「価格競争力の差」は歴然である。

公正な競争が阻害され国内業者は衰退する

 国内サーバーの電子書店から、「公平な競争の阻害」を指摘する声が高まっている。電子情報技術産業協会は、毎年公表している「電子・情報技術関連税制に関する要望書」のなかで、今年度から、この点に言及した。

 また、ヤフージャパンも、公平な競争環境がゆがんでいるとして、結果的に「国内の事業者の減少や、将来のサービスクオリティの低下等をもたらし」、好ましくない事態を招きかねないと主張している。

 経済協力開発機構(OECD)は7月19日にグローバル企業の節税を防止する行動計画を公表した。この中で、電子書籍などの販売・購入といった電子商取引への課税強化も盛り込んでいる。グーグルなどのグローバル企業が、特許や商標といった知的財産権をアイルランドに代表される低税率国の関連会社に集約し、節税していることはよく知られている。法というルールの遵守だけでなく、企業モラルが問われているのだ。しかし、厳しい競争を生き抜くためには、企業が節税対策を講じるのは当然のことでもある。

 今後、国内企業においても、ネットビジネスの優位性を確保するためには、国外へのサーバー移転や、事業主体を海外に置くことも検討されるだろう。これは国の弱体化にもつながるゆゆしき問題である。企業の対応だけが問われることではない。税制の問題であり、国益に関わることとして、国が早急に対応すべき問題である。

 12年の消費税増税決定にあわせて財務省内では、中里実・東京大学教授を座長とした、海外からの電子コンテンツ配信への課税に関する研究会が発足している。消費税引き上げ時に新制度導入を間に合わせるという新聞報道もあり、期待していた。海外事業者に国内の納税管理人を届け出させる申告納税や、EU諸国のように購入者に申告納税してもらうリバースチャージと呼ばれる方法などが考えられる。どのような手立てをとるのか、理論的検討は終わっても結論は出ないまま、財務省の動きも遅い。このままでは国内ネット事業者衰退の懸念が早晩、現実化しかねない。

 海外事業者にも消費税を課すと聞くと、価格の上昇につながると考えがちだが、そうとも限らない。公平な競争ができるのであれば、非再販商品である電子書籍販売のサービス競争も期待できる。さらに軽減税率の実現など、国民利益につながる積極的な政策も、新しい制度導入によって可能となる。制度改正のための煩雑さや手続きに躊躇することなく、一刻も早い対応が求められている。

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植村八潮(うえむら・やしお)

専修大学文学部教授、(株)出版デジタル機構取締役会長。
1956年千葉県生まれ。東京電機大学工学部卒。東京経済大学大学院コミュニケーション研究科博士後期課程修了。著書に『電子出版の構図』(印刷学会出版部)。