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政府は水俣病の救済制度の再構築を図れ

大矢雅弘 朝日新聞天草支局長

 有機水銀のために手足がしびれたり、けいれんに苦しんだりする水俣病は、発見から半世紀以上続く公害病だ。行政が水俣病の患者として認めていなかった人について、最高裁が水俣病と認める判断を示したのは今年4月のことだった。
 この判決に続き、水俣病の認定基準のあり方に根本的な見直しを迫る出来事があった。
 水俣病の認定申請を熊本県に棄却され、不服審査を請求していた熊本県水俣市の下田良雄さんに対し、国の公害健康被害補償不服審査会が、県の処分を取り消し、「水俣病と認定することが相当」とする裁決を出した。これを受け、県は下田さんを水俣病と認め、蒲島郁夫知事が下田さんと面会し、患者認定したことを伝えた。
 下田さんは1999年、県に水俣病の認定申請をしたが、2000年3月に棄却。02年に再び申請して棄却されたため、審査会へ不服審査を求めていた。
 裁決によると、下田さんは幼少時から地元で取れた魚をたくさん食べてきた。濃厚な有機水銀へのばく露歴があり、水俣病の典型的な症状である手足の先ほど強まる感覚障害がある。一方で、それ以外の症状(運動失調や難聴など)はない。
 このため、複数の症状の組み合わせを条件とする認定基準(77年基準)には適合しないが、「魚介類に蓄積された有機水銀を経口摂取したことによる神経疾患であり、水俣病が確認された」と結論づけた。審査会委員6人の全員一致の判断だった。
 水俣病の認定基準を事実上、否定する裁決である。
 水俣病の歴史を振り返れば、チッソが海に垂れ流した有機水銀が引き起こした水俣病に対し、政府は当初、「疑わしきは救済する」という方針で幅広く患者と認めていた。ところが、認定患者が増え続けたため、ハードルを高くした。
 それが77年につくられた認定基準である。「手足のしびれなど感覚障害のほか、聴覚障害など他の症状との組み合わせを要する」とした結果、半世紀以上を経たいまも認定患者は新潟県も含め3千人弱にとどまる。
 95年の「政治決着」では、約1万1千人の未認定患者が「解決金」を受け取って、やむなく引き下がった。だが、04年の最高裁判決で事態は一変する。感覚障害だけで患者と認め、もっと幅広く救済する判断を示したからだ。これを受けて、認定申請は7千件を超え、国の認定制度は再び揺らいだ。
 そこで政府は95年に続き、認定基準を棚上げにしたままの水俣病被害者救済法による「第2の政治決着」を図り、申請者は熊本、鹿児島、新潟の3県で6万5千人を超えた。
 ここで見落としてはならないのは、下田さんは95年の「政治決着」でも非該当とされた。また、昨年7月に申請が締め切られた、「第2の政治決着」で原則として対象外とされた山間部の出身であったという事実も見逃せない。
 現行の認定制度は水俣病と認定されれば、1600万~1800万円の一時金が支払われる。しかし、95年の政治決着では260万円、第2の政治決着では210万円にとどまる。
 最高裁判決や今回の裁決に従えば、政治決着に応じた人も認定される可能性がある。一方で、認定申請も救済申請もしたことのない人たちの認定申請が相次ぐ可能性もある。
 環境省は最高裁の判決後も認定基準を改めることを否定し、「より適切な運用」を検討すると説明してきた。だが、そんなおためごかしの政策の繰り返しが、完膚無きまでに破綻し、混乱をさらに拡大させていることを政府は自覚しなければならない。
 国や県は認定基準を根本から見直し、 ・・・ログインして読む
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筆者

大矢雅弘

大矢雅弘(おおや・まさひろ) 朝日新聞天草支局長

1953年生まれ。長崎、那覇両支局、社会部員、那覇支局長、編集委員。その後、論説委員として沖縄問題や水俣病問題、川辺川ダム、原爆などを担当。2016年5月から現職。著書に『地球環境最前線』(共著)、『復帰世20年』(共著、のちに朝日文庫の『沖縄報告』に収録)など。

 

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