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テレビを自殺のきっかけにしてはならない

水島宏明 ジャーナリスト、上智大学文学部新聞学科教授

 日本テレビのドラマ「明日、ママがいない」の問題で、日本でただ一つの「赤ちゃんポスト」、「こうのとりのゆりかご」を運営する熊本市の慈恵病院や児童養護施設の団体である全国児童養護施設協議会、さらに里親の団体である全国里親会などが抗議の声を上げて「放送の見直し」を求めている。

 慈恵病院や児童養護施設などの主な主張をまとめると、
このドラマが

 (1) 施設の子どもを「親に捨てられた子」と一面的にとらえ、ペットショップの犬にたとえて、「もらい手」を探し求める場面などがあり、施設の子らへの差別や偏見を助長し、学校などでの社会的養護(児童養護施設や里親に養育されること)を受けている子どもたちへのいじめなど人権侵害につながりかねないこと、

 (2) 社会的養護の現場の実態を前もって取材した形跡が見られず、個々の制度や施設、当事者の描き方が実態とかけ離れているため、こうした問題をよく知らない視聴者が見ると、制度や施設、あるいは当事者への誤解や偏見を助長しかねないこと、

 (3) これらの施設には虐待体験などを持つ子どもも少なくないことから、施設の生活に関するおどろおどろしい描写や暴力的なシーン、「親に捨てられた」などの過激な台詞などが、社会的養護を受けている子どもたちやその出身者の心の傷に触れてフラッシュバックを引き起こし、自傷行為などにつながりかねないこと、

  (4) 現に、そうした「被害」について各地で報告されていること、

などから、「放送を見直してほしい」と主張している。

 これらの声は、社会的養護の現場でそうした子どもたちを身近に見ている医師や児童養護施設長、里親らなどの「専門家」から上がっている。 筆者自身も、テレビの報道記者として児童養護施設の問題などを長く取材してきた経験から、専門家たちが「抗議」にいたった思いやその理由についてよく理解することができたので、インターネットニュース(ヤフーニュース・個人)で、ドラマの「加害性」を考慮してほしい、と発信してきた。

 すると、里親、児童養護施設関係者、「こうのとりのゆりかご」などで救われた命を特別養子縁組によって実の子として育てている親たちやその子ども、社会的養護を経験した当事者たち、若者支援をしている関係者などから、次々に体験談や意見を寄せられている。

 そのなかには、ドラマを見てフラッシュバックを起こして手首を切った、などという深刻なものも少なくない。児童養護施設側の(4)と符号するものだ。

 ところが、この問題では、日本テレビが当初、こうした抗議の声に対して「放送中止も変更もしない。最後まで見てほしい」と突き離した言い方をした。

 日本テレビは番組掲示板に「すばらしいドラマだ」「放送中止などせず、最後まで放送してほしい」などと、ドラマ擁護の書き込みばかりを掲載。それに呼応するように一部の放送評論家や芸能人、美容外科医などが日本テレビの擁護に回り、「ドラマとして最後まで見たい」「放送の自由」を守れ、などという「論戦」を展開している。

 論点が完全にズレていて、空中戦のような不毛な議論になってきたので問題を整理したい。

 まず、病院側も施設も、ドラマの内容が「素晴らしい」かどうかを問題にしてはいない。ドラマが、実際に存在する「赤ちゃんポスト」に捨てられていたという理由で「ポスト」というあだ名の少女を登場させ、

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