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[4]団体戦、町田樹の「火の鳥」はプルシェンコ以上の貫禄

青嶋ひろの フリーライター

 フィギュアスケート団体戦、3日目。男子シングルフリーのメンバーだけを見ても、様々なめぐり合わせに思いを馳せてしまう一戦だった。

 たとえばアメリカ代表の、ジェイソン・ブラウン。彼はつい2013年までジュニアのフィールドで戦っていた選手で、ソチに集ったトップレベルの男子スケーターの中では、最も経験が浅い。2012-13シーズンはジュニアグランプリでも世界ジュニアでも様々な話を聞かせてくれたが、彼が意識しているのは、やはり日本の羽生結弦だという。

 「ユヅルはすごいよ。僕と同い年なのにもうシニア4年目で、世界のトップと戦ってる。彼を目指して努力することで、僕やジョシュア(ジョシュア・ファリス)たち同世代の選手は、ひっぱりあげられてるんでじゃないかな!」

 その羽生結弦はショートプログラムでの役割を終え、キス&クライでライバルたちの滑りをじっと見つめている。背中を追いかけてきた彼の視線の中で、こうしてオリンピックデビューを迎えることになるなどとは、一番想像できなかったのはブラウン自身だろう。

ソチ入りしたあとの会見でパトリック・チャン(右)と撮影に応じるケビン・レイノルズ=2014年2月4日拡大ソチ入りしたあとの会見でパトリック・チャン(右)と撮影に応じるケビン・レイノルズ=2014年2月4日
 カナダ代表のケビン・レイノルズは、親しみやすい風貌や2種類の4回転を跳べるジャンパーとしてだけでなく、親日家としてもファンに知られている。

 日本のゲーム音楽「クロノトリガー」、日本の少女漫画「坂道のアポロン」のアニメサウンドトラックなどをプログラムで使い、2013年夏のアイスショーでは、学生服に学生鞄姿で氷の上に立ったほど。そんな彼のフェイバリットスケーターは、日本の高橋大輔だ。

 「僕はダイスケの演技が好きなんですよ。特にバンクーバーオリンピックのショートプログラム『eye』が好き。彼のスタイルやムーブメントが、北米の振付師とは違っていて、突き抜けて芯が一本通っていて、クリエティブだった」

 そのリスペクトの気持ちのまま、レイノルズは高橋の「eye」を振り付けた宮本賢二にプログラム制作を依頼している。

 前回のバンクーバー五輪では出場権を得られず、悔しい思いで地元開催のオリンピックを見ていた。その時、彼のホームリンクに事前練習に訪れた高橋大輔について、日本の報道陣にコメントを求められたこともあった。そこからやっとたどり着いた、オリンピック。そして奇しくも出場することになった団体戦では、高橋も日本チームの応援に駆け付け、やはりキス&クライで彼らの滑りを見守っていた。

 日本代表の町田樹は、ロシアやロシア人への関心を深く持つ選手だ。今シーズンのフリー「火の鳥」以前にも、チャイコフスキーの「白鳥の湖」やロシア民謡「黒い瞳」を滑ったことがあり、こんなロシア観も語っている。

 「ロシア人って、かっこよくないですか? なんだかずしっと構えているし、正統派じゃない、ちょっとブラックでダークなオーラがあるんですよ。ジュニアグランプリで一緒だったガチンスキーだって、まだ若いのにオーラが出てる感じがしたな。ボロノフなんて、スケートが上手いだけじゃなく、ふだんの態度もかっこいいんです。『黒い瞳』では、僕なりにそんなロシアの男をイメージして滑ります。ロシアの男、まわりを寄せ付けないで、胸を張ってるような!」

 世代的に近いボロノフやガチンスキーをずっとライバルとして見てきたし、今シーズンはさらに若いマキシム・コフトゥンとロシア杯やファイナルを戦った。しかしまさか、彼ら才能ある若手選手のすべてを押しのけて、大将格のプルシェンコがこの場に出てくるとは。そしてロシア代表、日本代表として、こうしてフリーを戦うことになるとは思わなかっただろう。

 様々な背景を持つ10代後半、20代前半の選手たちの挑戦を、たったひとりのロシア代表として受けて立つのが、31歳のエフゲニー・プルシェンコ。ロシア男子に複数枠があったら、彼ひとりでこんなに出ずっぱりになることもなかっただろう。やはりソチオリンピック、偶然にも、必然にも、プルシェンコのオリンピックなのかもしれない。

 出場10か国に自国が入り、フリー進出を決めた5か国のフリー滑走メンバーに、様々な思惑とめぐり合わせの末に選ばれ、注目すべき史上初の団体戦を戦うことになった5人。男子の個人戦では、きっとまた違う組み合わせで最終組メンバーは揃うことになるだろう。

 しかしオリンピックで、こうしてもうひとつのフリー最終グループが形成された、その面白さ。そして来たるべき個人戦で、彼らとともに戦い、本当の最終グループを作るだろうパトリック・チャン(カナダ)、高橋大輔、羽生結弦……そんな面々が、すぐそばでライバルの滑りを見ている不思議さ。

 団体戦は、やはり今までにないオリンピックを演出する、トリックスター的な役割を果たしたようだ。

 そのなかで登場した、日本の町田樹。

 もう可能性が薄かったとはいえ、国のメダルがかかったこの場所に、町田は――いや、1年前の町田だったら、最も適さない男だったかもしれない。選手のメンタリティによって、団体戦への向き、不向きは少なからずある。

 2年ごとに日本で開催される国別対抗戦などを見ていると、選手によって「国を背負う重圧」「チームの一員である責任」を感じすぎる選手と、そうでない選手がいるのだ。たとえば安藤美姫のように、「もう世界選手権でもないし、リラックスして楽しみながら滑りました」と、あっけらかんと力を発揮できる選手がいる。一方で小塚崇彦のように「僕が失敗するとチームに迷惑がかかると思うと、どうしても……」と表情も滑りも硬くなりがちな選手もいる。

練習中、転倒した町田樹(左)に駆け寄り手を差し出す羽生結弦
拡大練習中、転倒した町田樹(左)に駆け寄り手を差し出す羽生結弦
 町田はといえば、圧倒的に後者の選手だ。考え深い性格だからこそ、「僕がここで1位にならないと」などとどうしても感じてしまう。決して強心臓ではない彼のことだ、考えなくていいことを考えて、滑る前から気持ちが自滅してしまうことだってある。

 1年前の彼ならば、きっとそうなっていた。オリンピック初の団体戦メンバーに選ばれるなど、あまりにも荷が重すぎる性格だったのだ。

 ところが今年の彼は、違う。プルシェンコがガッツポーズを決め、大観衆が狂ったようにジェーニャコールを送る中に出ていくという、およそ世界中の男子スケーターが最も望まないシチュエーション。しかも生涯初のオリンピックで、いきなり国を背負っての登場。手に汗握りながらも、これほど彼の強さを試される舞台はないな、と思った。

 冒頭、やはり彼の表情は少し硬かった。一発目の4回転は、問題なく着氷、しかし2発目の4回転は、回転が抜けて3回転トウループに。今季ほとんどの試合で2発決めていた4回転。4回回っての転倒やステップアウトではなく、3回転になるミスは初めてではなかったか。技術面のミスではなく、心理的なプレッシャーが起こす種類の失敗を、ここで初めて町田は見せてしまう。

 この時点で、表情はまだ硬い。しかし

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筆者

青嶋ひろの

青嶋ひろの(あおしま・ひろの) フリーライター

静岡県浜松市生まれ。2002年よりフィギュアスケートを取材。日本のトップ選手へのインタビュー集『フィギュアスケート日本女子 ファンブック』『フィギュアスケート日本男子 ファンブック Cutting Edge』を毎年刊行。著書に、『最強男子。 高橋大輔・織田信成・小塚崇彦 バンクーバー五輪フィギュアスケート男子日本代表リポート』(朝日新聞出版)、『浅田真央物語』『羽生結弦物語』(ともに角川つばさ文庫)、『フィギュアスケート男子3 最強日本、若き獅子たちの台頭 宇野昌磨・山本草太・田中刑事・日野龍樹・本田太一」(カドカワ・ミニッツブック、電子書店で配信)など。最新刊は、『百獣繚乱―フィギュアスケート日本男子―ソチからピョンチャンへ』(2015年12月16日発売、KADOKAWA)。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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