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[15]浅田真央、「最高の演技」の真実(1)

「何か」が足りなかった最終グループ

青嶋ひろの フリーライター

 ソチオリンピック、女子シングルフリー。最高の演技を見せる――それはほんとうに難しいことなのだと、つくづく感じた一夜だった。

 最終グループに残った選手たちのうち、優勝候補本命と呼ばれたヨナ・キム(=キム・ヨナ、韓国)。

表彰式後、涙を浮かべながら銀メダルに目を落とす金妍児(キム・ヨナ)表彰式後、涙を浮かべながら銀メダルに目を落とす金妍児(キム・ヨナ)
 彼女はすでに一度、五輪金メダルを手にしている。だからそのぶん、がつがつした気持ちもないだろう、変な緊張もないだろう、その点で浅田真央やロシア勢に比べれば、試合に向かう気持ちは強いのではないか? そんなメンタル面のアドバンテージが、開幕前にはささやかれていた。

 しかしこの日のフリーだけではなく、ショートプログラムも、いつものスピード感あふれ、大きな会場を制圧するような「ヨナの滑り」は、ほとんど影を潜めていた。

 ソチのヨナは、4年前のバンクーバーで見たヨナとも、1年前のロンドンの世界選手権で見たヨナとも違う。

 アイスバーグで見たヨナの滑りは、何かを失うことを恐れている者の滑り、だった。ここで失敗したら、自分はオリンピックチャンピオンでなくなってしまう。連覇を逃した、前オリンピックチャンピオンになってしまう……。

 守るものがあまりに大きすぎることが、ヨナから「攻めの滑り」を失わせてしまった、そんなふうに見えなかっただろうか。

 ジャンプも決めたし、滑りで美しい空気を作って魅了もした。でも彼女が唯一見せられなかったものは、どうしてもオリンピックチャンピオンには持っていてほしいものだったのだ。だから会場で見ていた者としては、ジャンプがパーフェクトでもヨナが金メダルを逃したことに、すんなり納得がいってしまう。

 ヨナの対抗馬のひとりとして挙げられていた、ロシアのユリア・リプニツカヤ。

フリーの演技を終えたリプニツカヤとコーチフリーの演技を終えたリプニツカヤとコーチ
 彼女もまた、初めてのオリンピックにもかかわらず、攻めの気持ちを持つことができなかったひとりだ。

 もちろんそれは、11日前の団体戦の影響が大きいだろう。あの日を境に、ロシアの氷上のスターは、プルシェンコからリプニツカヤへと、鮮やかに代替わりしてしまった。

 テレビでは団体戦の彼女の滑りを何度も何度も繰り返し流し、雑誌や新聞でも、ニュースターとして大きくクローズアップ。おそらく日本の羽生結弦フィーバーに似た狂乱が、個人戦を滑る前からひとりの15歳を包んでいた。

 アイスバーグの客席も、ロシア人選手がふたりいるにもかかわらず、圧倒的な「ユーリャ! ユーリャ!」コール。

 このなかで平常心を保つことなど、どんな強心臓の少女でも無理な話だ。筆者は団体戦終了時、すでにオリンピックを経験できたことがリプニツカヤに有利になる、と予想したが(「団体戦で最高の煌めきを放ったユリア・リプニツカヤ」)、見事にはずれてしまった。団体戦で集まった注目が大きすぎて、本来かかる予定でなかったプレッシャーが、ここまで15歳の少女に圧し掛かってしまうとは、思いもよらなかった。

 中盤、トリプルループの両足着氷と、トリプルサルコウの思わぬ転倒。ラストパート、動揺の色が色濃く出てしまったスパイラルやスピン……。

 滑り終わった後のリプニツカヤの、あの表情――15歳にあんな顔をさせてしまうフィギュアスケートというスポーツは、なんと残酷なのだろうか。

 個人的には……というより、フィギュアスケートを長く見続けてきた人々の多くが、この日の最終グループ、一番の声援を送ったのは、

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