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[17]浅田真央、「最高の演技」の真実(3)

予想外だった「美しい刃」

青嶋ひろの フリーライター

(承前)どうしても考えてしまうのは、こんな演技がフリーの最終グループで見られていたら、ということ。そしてショートプログラムのミスがひとつでも少なかったら……ということ。

 しかし多くの人が既に指摘しているように、ショートプログラムの3ミスがあったからこそ、浅田真央はこれだけのフリーが滑れた。完膚なきまでの失敗を経て、いつもは届かないところにある心のスイッチが、ひとつ入ってしまったのかもしれない。もしも前日の演技が完璧だったら、「史上最高の真央」は見られなかったかもしれない……そう思うと、なんだか不思議な心持ちだ。

 そういえば以前、彼女はオリンピックについて、こんなふうに語ったことがある。2年半ほど前、ちょうど北京五輪で夏のアスリートたちの活躍を見ていたころのインタビューだ。

 「夏のオリンピック、ずーっと見ていたんですよ。応援しながら思ったのは、出場している選手たち、その人その人の思いって、みんな違うんだな、ということ。オリンピックでパーフェクトな演技をすることを一番にめざしてる人もいれば、絶対に金メダル取るんだ! って思いでがんばる人もいます。人それぞれの思いがあっての、オリンピックなんだなあ、って……。
 でも、みんなに共通していることはあって……真央も見ていて、すごくよくわかりました。
 それは、みんなが4年間の思いを、あのたった一瞬にかけているんだ、ってこと。そんな気持ちがすごくよくわかってしまうので、自分も選手と一緒になって緊張もしちゃった(笑)。
 いい結果が出せた人には、『よかった!』と思いましたし、ダメだった人には一緒になって『あー』って思った。やっぱりオリンピックという同じ舞台に自分も立ったから、みんなの4年間の思いの重さ、すごくわかってしまうんですね……」(「フィギュアスケート日本女子 ファンブック2013」より)

 4年間の思い――それが重すぎたのが、ショートプログラムなのだろう。逆にその重さがパワーとなって彼女に味方したのが、フリーなのだろう。

 浅田だけでなく、3人のメダリストたち、またユリア・リプニツカヤ、グレイシー・ゴールド、アシュリー・ワグナー……。上位に入った選手たちはみな、オリンピックに向けて1本の美しい刃物を研いできた。

浅田真央のフリーの演技浅田真央のフリーの演技
 その刃物が、リプニツカヤや村上佳菜子や、ショートプログラムの浅田のように、自分自身に刺さってしまうこともある。

 一方でフリーの浅田のように、素晴らしい鋭さで人の心に斬り込んでいく世にも美しい武器にもなる。

 そして片方だけ、フリーだけでも、浅田真央の美しい刃が見られて、本当に幸せだった。もしかしたら何がしかのメダルを彼女は取ったけれど、両日ともに無難な演技だった――そんなケースよりも。

 順位は6位でもフリーであれだけのものを見られた今回の方が、フィギュアスケートの観客として幸福なのかもしれない。

 ときどき選手たちに、「ものすごくいい演技をしたけれど銀メダル、満足のいかない演技だったけれど金メダル、どっちがいい?」などという質問をすることがある。すると

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