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[19]鈴木明子と村上佳菜子(1)

「真央」という光の影で

青嶋ひろの フリーライター

 自分にないもの、失ったものへの憧れ。自分には決して見せられない無心の姿へのリスペクト。それが、浅田真央に向けられた人々の思い。

 だとしたら逆に、自分に近い、人間的な苦悩を抱えながら奮闘する姿への親近感が、たとえば安藤美姫が女性を中心に支持されてきた理由だろう。また、一生懸命美しくなろうとする姿勢、そのままの自分ではない、磨き上げた自分を見せようとする姿の気高さを見せてくれるのが、たとえば鈴木明子であり、村上佳菜子ではないだろうか。

ソチでの3人。左から鈴木明子、浅田真央、村上佳菜子ソチでの3人。左から鈴木明子、浅田真央、村上佳菜子
 浅田真央に憧れて、ある女の子がスケートを始めたとする。

 彼女は年齢を重ねるにつれ、「真央ちゃんみたいにはなれない」という現実を、知ることになるだろう。

 人間として普通に育って、普通に大人になっていったら、自尊心とか、嫉妬とか、媚びとか、名誉欲とか、そんなものが生まれてくるのは当たり前だ。ごく自然にそんな気持ちが芽生えることで、その女の子が浅田のようなスケートをすることは、難しくなってしまう。

 浅田真央はあくまで浅田真央。不世出で、ほとんど妖精のような、彼女にしかできない表現がある。誰もが「真央ちゃん」にはなれない、と知った時……女の子はどうするのだろうか?

 これから成長していく、浅田真央と同じ時代を競わない選手たちはまだいい。しかしここまでの約10年間、日本の女子選手たちは、ずっと感じてきたはずだ。同じ時代に浅田がいることの苦しさを。

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