「こんなもんじゃない」という悔しさ
2014年03月02日
(承前) そして、27歳。これがオリンピック2度目の挑戦となる、鈴木明子。
「明子さんの演技を見ると、どうしてこんなに心を打たれるんでしょうねえ……」
「落ち込んでるときにあっこちゃんのスケートを見ると、なんだか元気になるよな」
とは、2013年の秋、グランプリシリーズを取材しながら聞いた、記者たちの言葉である。鈴木が残念ながら進出できなかった福岡のファイナルの時には、こんな言葉まで飛び出した。
「こんなロシアのちびっ子たちより、あっこ姐さんの演技が見たい!」
たいていは口の悪い、なかにはフィギュア担当なんかやってられっかという態度でこの競技に接する連中である。また、曲がりなりにも口の達者なはずの彼らが、ここまでストレートに、ひねりのない子どものような言葉で、ひとりのスケーターを称える声を、今シーズン何度も耳にした。
それほど、鈴木明子の作り出す世界は、ひとつの極に近いところまで完成されていたと思う。
浅田真央や安藤美姫に比べれば、派手にメディアに取り上げられることは少ない彼女だ。たとえば自己ベストを更新して女子1位、最高のパフォーマンスと成績を見せてくれた、13年の国別対抗戦。スポーツ紙の一面を彼女が飾るはずの夜、浅田が引退を示唆する発言をしたことで、鈴木を大きく取り上げた記事がすべて吹き飛んだこともあった(もちろんこれは、浅田に非があるわけでは決してない)。
それでも鈴木は、表面的なブームを起こすのではなく、彼女自身が見せる作品の力で、確実に支持者を増やしていったのだ。
特に12―13シーズンのフリープログラム「O(オー)」。青緑色の衣装をまとった彼女が動き出した瞬間、氷の上に別世界が広がるような、フィギュアスケート史に残るような名プログラムだ。
彼女のスケート人生を2分40秒で描くというコンセプトのプログラムは、13年10月のスケートカナダ、公式練習の時点で、もう素晴らしくパッショネイトな作品に仕上がっていた。
本来ならば、ただ流して滑ってもいい、公式練習である。ある記者はふざけて、彼女の演技に合わせて某局のアナウンサーのような実況をはじめた。
「さあ、ここで明子は壁にぶつかった。どうしたらいいの? 滑りたい、滑りたい、でも滑れない……」
「ああ、やっぱり私にはスケートがある。ここでダブルアクセル! 今、氷の上に立ててうれしい!」
そんな調子づいた実況を耳元でされながらでも、鈴木明子の「愛の讃歌」は、涙が出そうになるくらい圧巻だった。公式練習で、記者席で、我を忘れて拍手する人の姿を、この時筆者は初めて見てしまった。
「スケートって、ペアはともかくシングルでは、使える空間がすごく限られていますよね。そこでいかに目線や腕の動きを使って、世界が広がっているように表現をするか
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