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[23]羽生結弦とアジア系がジャンプの常識を塗り替える

青嶋ひろの フリーライター

 ソチオリンピックフィギュアスケート。男子の金メダリストは史上初の東洋人、そして66年ぶりの10代チャンピオン――。

 それは男子フィギュアスケートの、大きな変化を感じさせる結果でもあった。

仙台市役所を訪問した羽生結弦=2014年2月26日仙台市役所を訪問した羽生結弦=2014年2月26日
 女子はオクサナ・バイウル(ウクライナ、94年リレハンメル)、タラ・リピンスキー(アメリカ、98年長野)、サラ・ヒューズ(アメリカ、02年ソルトレイクシティ)、ヨナ・キム(=キム・ヨナ、韓国、10年バンクーバー)など、10代五輪チャンピオンが多いのに比し、男子はなぜ66年間も10代の勝利がなかったのか?

 通説として言われていることは、こうだ。

 「女子は身体が軽い10代の方がジャンプが跳びやすい。成長期を迎えて女性らしい身体になるにつれ、10代の頃に持っていたジャンプ技術をキープすることは難しくなる。一方、男子は、トリプルアクセルや4回転を跳ぶためには、しっかり筋肉のついた大人の身体が必要だ。高難度のジャンプを跳んでシニアの試合で勝っていくには、少し時間がかかる――」

 つまり女子は20代に差し掛かると、ジャンプ技術のピークも過ぎ、軽々とジャンプを跳ぶ若手の追い上げに苦しむことになる。一方、男子は、年を追うごとに跳べるジャンプが増え、成功率も上がり、世界のトップで戦える選手も増えてくる。選手としてのピークも遅く、同年代の女子に比べると5年以上先まで成長を続けられる、と。

ソチ五輪のエキシビションソチ五輪のエキシビション
 そう考えると羽生結弦の存在は、異例中の異例だ。

 思い出すのは彼が14歳の頃(08年)。日本代表合宿で初めてトリプルアクセルを着氷し、氷の上を転げまわって喜んでいた時のこと。

 この時、合宿でともに練習をしていたのが浅田真央。羽生はまだジュニア年齢だったが、優秀なジュニアはほんの数名だけ、毎年シニア合宿への参加が許され、トップスケーターと同じ氷で練習できるのだ。

 「シニアの合宿……すごい人たちと一緒に滑れる! そう思って、テンション上がりだしちゃいました! 高橋大輔選手とか真央ちゃんとか……。特に真央ちゃんのトリプルアクセルを見てたら、力はそんなに要らないんだなあ、と。そう思ってなんとなく力を抜いてアクセルを跳んだら、回って、片足で降りて、あ、やべえ、跳べる、跳んじゃった! そんな感じ……」(08年刊「フィギュアスケート日本男子 ファンブック CuttingEdge  2009」より)

 この時の羽生のインタビューを読んだ中庭健介さん(04年全日本選手権2位、現コーチ)は、彼の見て学ぶ力の鋭さに驚いたという。

  「この気づきの鋭さ! まさにそうです。今、ジャンプは降りて当たり前。いかに余裕を持って無理なく跳ぶかで、点数が出ます。それはスピンでもステップでもすべての要素でいえること。つまり、がんばってちゃダメなんです。シニアで勝つには余裕で跳んで余裕で滑って見せなくちゃいけない。この点を彼は今よりずっと若いころに、もう気づいてた。しかも他の選手を見て、気づいた。このスケートに向かう感性の鋭さは……並じゃないですね」

 浅田真央を見て、トリプルアクセルのヒントをつかんだ羽生結弦。もしかしたらこの人は、男子では珍しい、女子シングルタイプの選手なのだろうか、と一瞬考えた。パワー系男子スケーター……たとえばアレクセイ・ヤグディン(ロシア)、ブライアン・ジュベール(フランス)、無良崇人などがその代表格だとすると、羽生はその対極にいるタイプ。力よりも跳躍時のリズム感などで回転する、技術でジャンプを跳んでしまうタイプだ。

 こうしたテクニック派のジャンパーは、日本の織田信成などもそうで、彼もまるで女子選手のようにふわりとしたジャンプがトレードマークだった。しかし女子にはないパワーもある程度持っているので、ふわりと跳ぶが、高さも素晴らしいという絶品のジャンプ。羽生は織田と近い系譜にありつつ、さらに体重53キロという軽い身体を生かし、10代のうちに4回転トウループをはじめとしたジャンプを武器にできてしまった。

 そうなると少し心配なのは、羽生の今後だ。

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