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[24]浅田真央、「エイトトリプル」の真実(1)

一人歩きした呼び方

青嶋ひろの フリーライター

 「浅田選手、今年はフリーでトリプルを8回跳ぶ! って言ってますよ。これってやっぱり、特別なことなんですかね?」

 「そうだね、普通の女の子はどんなに優秀でも、トリプルを5種類しか跳べない。そうすると……」

 そうすると、1回のフリーで跳べる3回転ジャンプの数は、5種類各1回+繰り返しが許される2種類各1回で、7回。しかしトリプルアクセルが跳べる選手のみ、6種類のジャンプ各1回+繰り返しが許される2種類各1回で、計8回。一度のフリーで8度のトリプルに挑むことができる。そんな解説は、もう既にご存じのことだろう。

 「だから(中野)友加里ちゃんがトリプルアクセルをフリーで普通に跳べるようになったころ、話題になったんだよ。『世界で彼女だけは、フリーで8回トリプルを入れられる。エイトトリプル・プログラムだ!』と」

 最後の部分、もしかしたら、「それを『エイトトリプル・プログラム』って呼ぶんだよ」と、知ったかぶりふうに言ったかもしれない。

 そのあたりはよく覚えていないのだが、以上は2013年の7月、アイスショー「ザ・アイス」大阪公演の取材後、浅田真央の発言を受けての、筆者と某スポーツ新聞N記者との会話である。

ソチ五輪のフリーでトリプルアクセルの着地を決めた浅田真央拡大ソチ五輪のフリーでトリプルアクセルの着地を決めた浅田真央
 次の朝、某スポーツ紙には「真央、エイトトリプル」と、それほど大きくはないが記事が出た。おお、「エイトトリプル」って書いちゃったか。あれ、特にそういう呼称があったわけでは……たぶんないんだけれどな。

 と思いつつ、私の昔ばなしだけで、「真央、エイトトリプル」と見出しの立つ記事にしてしまう、スポーツ記者の勘所の良さに感心した。

 浅田の話を受けただけなら、記事の見出しは、「真央、史上最高、トリプル8回に挑戦」止まりだっただろう。それを、「エイトトリプル」と書くだけで、「なんだかすごいことに挑戦する感」がぐっと増す。オフシーズンのスケートの話題だ。「エイトトリプル」がなければ、もっと扱いの小さな記事になっていたかもしれない。

 「おかげでひとつ書けましたよ! 今日はおごりますから」

 ということで、私もその夜、大阪の串揚げを堪能した。

 この時点で「エイトトリプル」という言葉、呼称としては存在していなかった、と思う。なぜなら話したことが気になって、串揚げをごちそうになった夜「エイトトリプル」をグーグル検索してみたら、一件もヒットがなかったから。

 浅田真央も結局、シーズン当初はトリプルアクセルに重きを置くことで3回転‐3回転やダブルアクセル‐トリプルトウなどを回避。「フリーでトリプル8回」に挑むことはなく、この時点で「エイトトリプル」については、特に大きな話題となることはなかった。

 ところが、ところがである。オリンピックが近づき、「トリプルアクセルをフリーで2回」という当初の目標を断念した浅田は、夏に掲げたあのジャンプ構成にソチのフリーでは挑戦したい、というコメントを出した。

 もちろんN記者はすかさず、「真央、エイトトリプル」と打つ。ここから、である。存在しなかった、というか、ただのトリプル8回、という意味だけの言葉が、「エイトトリプル」としてあたかも伝説の必殺技のように広まっていったのは! 

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筆者

青嶋ひろの

青嶋ひろの(あおしま・ひろの) フリーライター

静岡県浜松市生まれ。2002年よりフィギュアスケートを取材。日本のトップ選手へのインタビュー集『フィギュアスケート日本女子 ファンブック』『フィギュアスケート日本男子 ファンブック Cutting Edge』を毎年刊行。著書に、『最強男子。 高橋大輔・織田信成・小塚崇彦 バンクーバー五輪フィギュアスケート男子日本代表リポート』(朝日新聞出版)、『浅田真央物語』『羽生結弦物語』(ともに角川つばさ文庫)、『フィギュアスケート男子3 最強日本、若き獅子たちの台頭 宇野昌磨・山本草太・田中刑事・日野龍樹・本田太一」(カドカワ・ミニッツブック、電子書店で配信)など。最新刊は、『百獣繚乱―フィギュアスケート日本男子―ソチからピョンチャンへ』(2015年12月16日発売、KADOKAWA)。

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