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[25]浅田真央、「エイトトリプル」の真実(2)

メディアの大騒ぎがプラスに?

青嶋ひろの フリーライター

(承前) そして今回、大いに驚いたのは、誰もが社会の公器と信じて疑わない某大新聞(「朝日」ではない)が、「エイトトリプル」をメインに使い、派手な記事を書いていたことである。いわく、「通称『エイトトリプル』と呼ばれる演技構成」「女子フィギュア史上、最も難しい挑戦」とのこと。

 いやいや、いつの間に「通称『エイトトリプル』」となっていたのか。「女子フィギュア史上、最も難しい挑戦」は、浅田真央が目標を設定しなおすたびに、ころころ変わるのか。 

ソチ五輪のフリーでトリプルアクセルの着地に成功した浅田真央ソチ五輪のフリーでトリプルアクセルの着地に成功した浅田真央
 さらにいえばフリー後、記事によっては「エイトトリプルを『見事に』すべて着氷」といった論調で書かれているものもあるが、これもおかしい。

 浅田のフリーは見事だったが、それとは別に、今回の「エイトトリプル」は成功とはいえない。回転不足やエッジエラーが付き、基礎点からマイナスされてしまえば、そのジャンプは成功ではない。

 転倒なしでしのいだことを「着氷」と書き、失敗ではなかったと強調しようとするのも、文字媒体が近年使い始めた手法だという。

 スケート連盟関係者も「あの言葉は、変。『着氷』なんて言い方、スケートにはないですよ」と苦笑いをしていた。すみません、「着氷」は私も何度も記事で使っております。

 「どうしよう、**新聞まで『通称エイトトリプル』って言ってるよ?」

 「まあまあ、いいじゃないですか。表現は作られることもあるので」

 「私、ここまでの顛末、全部書いちゃおうかな!」

 「それじゃあ主犯、自分になっちゃうじゃないですか(笑)。でも、波及効果は絶大でした……」

 「どうするの! 流行語大賞にでもなっちゃったら。Nさん表彰されちゃうよ!」

 「浅田選手が成功しなかったから、それはないですよ。仮に成功してメダルを取って流行語大賞になっても、表彰されるのは浅田選手ですからね」

 表現は、作るもの――しかしここで、怒らないでいただきたい。

 実は今回の「通称『エイトトリプル』」の蔓延。浅田真央にも悪くない影響があったのだという。

 トリプルアクセルを1度に減らすという作戦変更、それはやはり、元々の目標を断念したことであり、アスリートとして悔しい気持ちはぬぐいきれていなかった。しかしまわりが「エイトトリプル!」と囃し立てるうちに、「新しい挑戦」は大きな意義があるものだと、彼女自身も納得し、気持ちを切り替えられた、と聞いている。

 メディアが選手たちに及ぼす影響については、今回のリポートでも何度も書いてきた。「エイトトリプル」と書きたて、騒ぎ立てることが良かったとは思わないが、結果的に選手にプラスになったのだとしたら、それもまた有り。今回はメディアの大騒ぎがいい方向に作用した稀有なケースかもしれない。

この振り付けの名前は?=2013年のグランプリシリーズ・フランス杯この振り付けの名前は?=2013年のグランプリシリーズ・フランス杯
 やはり日本のメディアは、わかりやすい言葉で必殺技を持ち上げるのが好きだ。「ここが注目ですよ」「ここを見てくださいよ」と盛り上げておけば、「真央ちゃんのトリプルアクセル、見なくちゃな」と視聴率も上がる。

 荒川静香の「イナバウアー」も、元々あった呼称ではあるが、トリノ五輪の数年前、彼女がプログラムで披露するまでは、ファンもほとんどその名前は知らなかったものだ。

 実は筆者もトリノ五輪で大きく取り上げられるまで、「イナバウアー」がイナ・バウアーさんの個人名から由来していることは知らなかった。

 だからたとえば羽生結弦のショートプログラム、「パリの散歩道」のあのポーズ。

 腰を落として滑りながら、両腕をまっすぐに伸ばして客席を指さす、あの印象的な振り付けも、「誰かが名前をつけちゃえばいいんだよ」と焚き付けていた。

 「あれは何ていう技ですか?」とよく聞かれるので、羽生自身に聞いたところ、

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