会場まで200メートル!?
2014年03月12日
オリンピックパークから、200メートル!
それが、私の泊まった宿の謳い文句だ。宿といってもホテルでもB&B(Bed and Breakfast)でもなく、一般家庭の離れの空き部屋を、1泊6000円で貸してくれる、というもの。
シャワーとトイレ、キッチンは共同で、食事はつかない。タオルやシーツの交換は不定期で、家のマダムがしてくれる。私のほかにもギリシャやベラルーシ、ロシアのほかの都市からソチオリンピックの取材、観戦にやってきた人々が泊まっており、なかなかにぎやかな雰囲気だ。
一台しかない洗濯機を代わりばんこに使い、同じ洗濯紐におじさんたちといっしょに洗濯ものを干す。
干された洗濯物の中には、長野五輪のマークの付いたポロシャツもあって、おお、私などよりずっと長く、冬の五輪を取材しているのだな、と感心する。たぶん隣の部屋の、アレクサンドルのポロシャツだ。
家には2匹の三毛猫、トースティとマルキーザがいて、太っていてかわいくないほうのトースティに、すぐになつかれた。
そして、さすがオリンピックパークから200メートル。洗濯物の向こうには、毎日聖火が、赤々と燃えていた。
ソチに取材に行くと決めたとき、最初はもちろんホテルを探したのだ。しかしその時点では(2013年12月)一番安いホテルでも、1泊2万円。3週間は滞在するとなると……厳しい。
そこで見つけた一般家庭の空き部屋を紹介してくれるサイトで、ツインルーム1万2000円で出ていたのが、今の部屋だ。
うん、6000円も安くはないが、当初のホテルに比べれば、3分の1の値段だ(結局期間中、同じ部屋に見知らぬ人が泊まることはなかった)。
しかし一般家庭のロシア人と直接交渉して部屋を借りた、などと言うと、友人・知人がこぞって「大丈夫ですか! ロシアですよ!」と心配してくれる。
わからないよ、私だって……。ソチに着いても、誰も迎えに来てない、どこにも泊まる場所がない、なんてことだって、あるかもしれない。
しかし、ソチ空港にて――。アナスタシアは「HIRONO」と書かれた紙をもって、ちゃんと待っていてくれた。
しかもグーグル翻訳を使って、親切な言葉をかけてくれる。「何かあったら、なんでもあなたは言うべきです。私たちはそれを嬉しいと思っているよ」みたいな感じで、たどたどしい日本語が彼女のスマホの画面に表れる。そして空港から家まで車で10分の道のり、次々現れる五輪関係施設を嬉々として説明してくれた。
「ここが選手村、ここがメインプレスセンター。そしてほら、ホッケーの会場が見えてきた!」
オリンピックパークの建てられた地区は、多くの住民が立ち退かされ、必ずしも五輪歓迎ムードではない、と聞いていた。
しかし幸いにして家のすぐそばが建設地となった彼らは、様々な施設が次々出来上がっていく過程を、ずっと間近で見てきたのだろう。堂々たる巨大建築物の数々を、彼女と彼女の夫は誇らしげに指し示した。
「ほら、あれが聖火台。明後日にはあそこに、聖火が灯されるわね」
シャワーが共同なので、隣のおじさんのタオル1枚巻きつけた姿を、見てしまったりする。キッチンはえらく時代がかったしろもので、ガスコンロもマッチで火をつけなければならない。
ソチに限らずロシアは全体的に「建付けが悪い」国で、椅子の一脚が突然折れるとか(エアコンを直しに来てくれたおじさんが転げ落ちた)、ワードローブの大きな扉が突然外れて襲いかかってくるとか、こっちの扉をあけると風圧で必ずあっちの扉も開いてしまうとか、いろいろ困った宿ではあった。
しかしホテルほどの心地良さは期待していなかったので、まあ、これで十分。だいたいこうした部分は、ホテルも五輪パーク内も、変わらずいい加減なのだ。できたばかりの五輪パークのはずなのに、トイレの壁がもう崩れていたりする。開業したばかりのホテルに泊まった友人の話では、バスタブはあるのに栓がなくてお湯につかれないとか、自動販売機にお金を入れて出てこなくても「残念ね」で終わるとか……。
2012年のグランプリファイナルでソチに来た時も、そんな感じだった(「五輪の街、ソチの素顔」)。ひとつの個室に二つの便器、という面白画像が話題になったが、あれはあっても決しておかしくない。
しかし住み心地はともかく、この宿にはとてつもない落とし穴があった。
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