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偏見をうまないセックスワーカー支援の可能性

澁谷知美 東京経済大准教授(社会学)

 近年の雇用崩壊にともない、のぞまずして個人売春をしたり風俗店に所属したりする例が増えているといいます。そのことを指摘する書籍や記事、テレビ番組も発表されています。しかし、当事者にたいする偏見を助長する内容もすくなくなく、そこから出てくる対策もまた偏ったものとならざるをえないことが予想されます。

 そこで、セックスワーカーとして働く人たちが安全・健康に働けることを目指すグループSWASH(Sex Work And Sexual Health スウォッシュ)メンバーとして、1999年から活動している要友紀子さんにインタビューしました。ワーカーへの偏見とは具体的にどんなものなのか、偏見があるとどんな「困ること」が生じるのか。こうした問いをつうじて、ワーカーにとってよりよい支援がいかにして可能なのかを探ります。(聞き手:澁谷知美)

日本の風俗街拡大日本の風俗街

「本来あってはならない労働」というイメージがもたらす弊害

 ――セックスワークにたいする偏見とは、具体的にどのようなものでしょう。

 要友紀子 「困窮した人がせざるをえない、本来あってはならない労働」という見方のことです。こうした見方を強化する一例として、最近『週刊SPA!』に掲載された風俗嬢を対象とした調査があります。『生育環境にハンディキャップが潜みがちであること、正規労働者率の低さ、DV率、シングルマザー率の高さ」が示唆されており、困窮した人がせざるをえないことが強調されています。 調査分析者自身が「結果全体を見ると、偏見まんまなところがどうしてもある」と発言するほどです。

 そして、 セックスワーク参入の要因として貧困を位置づけたうえで、「どのようにすれば貧困から脱することができるのかという議論」をする必要性が説かれています(注1)。「脱する」対象は「貧困」ということになっていますが、貧困とセックスワークが関連づけられている以上、セックスワークからも脱しなければならないというニュアンスを読みとらざるをえません。本来あってはならない労働である、という偏見を強化するおそれがあります。最近はこの調査以外にも、貧困ゆえにワーカーになった人々の姿を描くルポや取材などが続々と出てきているのですが、やはり問題のあるものが少なくありません。

 ――偏見があると、どんな弊害が生じるのでしょうか。

  賃金不払いや脅し、レイプ、ストーカー、性感染症などの困ったことがあっても、ワーカーが周囲に助けを求めにくくなることです。「本来あってはならない仕事をしているのだから、ひどい目にあっても仕方ない」、「自業自得だ」という価値観がこの社会では支配的です(注2)。そうした価値観を内面化してしまったワーカーは、罪悪感にかられて、助けを求めることができません。「相談したって、むしろ叱られるだけだ」と諦めてしまう。それで、どんどん状況が悪化する例を見てきました。

 ですから、偏見を強化してほしくないのです。被害を隠してしまうこの罪悪感は、ワーカーの心に内発的に出てくるものではありません。まず周囲の偏見があって、彼女らがそれを先取りした結果と考えられます。風俗の仕事をしていることについて罪悪感があると答えた風俗嬢62人に、「なぜ罪悪感があるのか?」と聞いたところ、ほとんどの人(53人)が、「恋人や夫、友人・家族に仕事のことを内緒にしているから」と答えています。つまり、偏見のとびかう社会の状況を見て、恋人や夫、友人・家族も偏見を持っているであろうとワーカーが予想し、内緒にし、罪悪感が芽生えるという流れがあることが予想されます(注3)。

 セックスワークが人に言える仕事になれば、セックスワーカーの最大の弱みがなくなることになるので、弱みにつけこんだ脅しや人権侵害も大幅になくなると思います。

マイノリティ支援は偏見をうむ調査を正当化しない

 ――しかし、貧困からセックスワークに参入するのは事実であり、これを実証する調査は必要だとする声もあります。貧困層のほか、シングルマザー、DV・レイプ被害者、低学歴の人、精神疾患のある人など、社会的マイノリティが就きやすいことが明らかになれば、彼女らをサポートしようという主張の根拠に使えると。

  ワーカーであろうとなかろうと、社会的に排除された人々のサポートは必要ですよね。まともな賃金が支払われる女性の雇用の創出、生活保護や子ども福祉の充実、DV・レイプ防止、奨学金制度、精神疾患者のサポート。セックスワーカーと関連させなくても主張できるし、すでにされていることです。偏見をうむ調査を正当化する理由にはならないと思います。

 もし、これらの処方箋をセックスワーカーの調査を通じて出していきたい場合は、セックスワークの差別と弾圧につながらないよう考慮すべきです。そのさい、セックスワーカーをサポートしたい、現状を実証したいと思っている人が、セックスワークをどのように捉えているか、セックスワーカーがどうなればいいと思っているか、実証データ発表の影響やそれへの対策を考えているかが重要なポイントになってきます。

 セックスワークの健全化(安全に働けて苦痛の少ないセックスワークの現場づくり)等の労働的な観点を踏まえることなく、セックスワークに就くことそれ自体を人生の『躓き』や『転落』として捉え、どこでどんなふうに「躓いた」のかを明らかにしようという関心で調査を開始したのなら、その調査にはすでに偏見が入りこんでいると言わざるをえません。サポーターとしてどうかと思います。

要友紀子さん拡大要友紀子さん
 別に、セックスワークを素晴らしい仕事だと思えということではありません。いろんな仕事のうちの一つとして捉え、そこには、いやいやしている人もいて、そうでない人もいろいろいるというフラットな考え方でやらないと、セックスワークの差別や弾圧を助長することにつながっていきます。

 助長する意識がなくても、「セックスワークやセックスワーカーは本来無いに越したことはない」というのが社会における優勢な見方なのだから、なんの工夫もなく調査を発表してしまえば、既存の見方に加担する可能性は十分にある。このことをどれだけ自覚し、回避できるかということが大事です。

 ここまで懸念するのには理由があります。上のような実証的な調査には『社会的マイノリティを売春への“転落”から救おう』という発想がひそんでいますが、 ・・・ログインして読む
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筆者

澁谷知美

澁谷知美(しぶや・ともみ) 東京経済大准教授(社会学)

東京経済大准教授。1972年大阪市生まれの千葉県育ち。東大大学院教育学研究科博士課程修了。専門は社会学および教育社会学、主な研究テーマは男性のセクシュアリティの社会史。単著に『日本の童貞』『平成オトコ塾 悩める男子のための全6章』『立身出世と下半身 男子学生の性的身体の管理の歴史』、共著に『性的なことば』などがある。【2015年6月WEBRONZA退任】

 

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