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自治体に訴えられた大間原発、各地に波紋も

鎌田慧(ルポライター)

 本州の行き止まりは、青森県下北半島である。鉞(まさかり)を握りしめた形で、北海道とむきあう。その刃先にあるのが、大間原発である。

 1976年に大間町商工会が、原発設置の環境調査を求める請願を町議会に提出してから38年たって、ドーム型の建て屋は姿を現したが、進捗率約40%。その完成は危ぶまれている。

AJWフォーラム英語版論文

 さらにダメージを与えるのが、4月3日に対岸の北海道函館市が、東京地裁に提訴した建設差し止め訴訟である。日本の原発は、自治体に訴えられるほど窮地にたっている。

 自治体が原発建設差し止め問題で、会社と国を訴える初めてのケースである。市長と市議会が一致して、民間企業であるJパワー(電源開発)に建設停止を求め、国に対しても、同社に建設停止を命じることを求めている。

 原発は人々が住んでいないか、人口の少ない過疎地域に建設させるのが、国の原子炉立地審査指針である。大間原発も「周辺公衆との離隔の確保」については「適合」とされている。

 しかし、この原発はMOX燃料(プルトニウムとウランの混合酸化物)の専用炉で、もっとも危険な原発である。Jパワーは、今は民間だが、発足当時は国策会社であり、これまでも原子力行政の実験場として、国に振りまわされてきた会社である。

 大間原発は、当初はカナダのカンドウ炉(天然ウラン重水炉)を導入する予定だったが、プルトニウムを主体とする新型転換炉に変えられ、こんどは実験的なフルMOX炉となった。

 原発の中でも最も危険な原発が、「半径五キロ以内に7100人」という現状認識によって、「周辺公衆と離隔」していると判断され、建設中なのだ。

 しかし、大きな集落が原発から500メートル先にあり、250メートル内には、用地買収を拒絶しつづけてきた、反対運動のシンボル的な「あさこはうす」がある。

 最後まで買収を拒否していた、故熊谷あさ子さんの畑を買収するため、二代にわたってJパワーの社長が説得に出向いた。

 しかし、彼女は提示された大金に目もくれず、「海と畑がなくなれば、人間は生きていけない」といって、首をたてに振らなかった。

 あさ子さんのたった一人の抵抗によって、電源開発は設計を変更し、炉心の位置を移動させた。建設段階からいわく付きの原発だった。

洋上23キロ先、強い危機感

 原発から遮蔽(しゃへい)物のない洋上23キロ先の対岸に、27万5千人の人口を抱える函館市がある。函館市が提訴したのは、その重い事実を、国とJパワーがまったく無視してきたからだ。いったん事故が発生すれば、住民が被災し、自治体の建物などの不動産も損害を受け、函館市の存立の危機となる。この強い危機感が、市議会での原発建設凍結決議となり、今回の提訴となった。

 2011年の東日本大震災の際の福島第一原発の3基のメルトダウンは、原発が立地する双葉町、大熊町を無人地帯にした。隣接する浪江町や富岡町、楢葉町の打撃も大きい。30キロ離れた飯舘村など周辺町村でさえ、住民の帰郷はまだまだ危険な状態である。

 原発事故は、運転していた社員、収束作業の下請け・孫請け労働者、除染労働者や周辺住民の被曝ばかりか、遠く離れた地域の農作物や漁業に、多大な被害を与え、いまも与え続けている。

 高濃度の放射能汚染水の漏洩は止まらず、使用済み核燃料プールも危険状態のままである。それを無視して、政府は各地の原発を再稼働させようとしている。

 函館からはじまった、企業ばかりか、国をも相手に踏み切った、この提訴の決意と切迫感は、各地の原発周辺地に大きな波紋を拡げそうだ。

     ◇

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鎌田慧(かまたさとし)

1938年青森県生まれ。ルポライター。早稲田大学を卒業後、業界紙、雑誌記者をへてフリーランスに。労働問題、公害など社会問題に取り組み、1970年代初めからは原子力発電の危険性を鋭く指摘してきた。著書に『自動車絶望工場』『日本の原発危険地帯』『六ケ所村の記録』など。

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