永尾俊彦(ながお・としひこ) ルポライター
1957年、東京都生まれ。毎日新聞記者を経てルポライター。1997年の諫早湾の閉め切りから諫早湾干拓事業を継続的に取材。主な著書に『干潟の民主主義――三番瀬、吉野川、そして諌早』(現代書館)、『ルポ 諫早の叫び――よみがえれ干潟ともやいの心』(岩波書店)、『公共事業は変われるか――千葉県三番瀬円卓・再生会議を追って』(岩波ブックレット)など。
※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです
菅直人元首相が福岡高裁判決を確定させてしまった(2010年)ので、農水省は今度こそ開門せざるをえなくなった。
ところが、ここでもまた農水官僚の驚くべき「巧知」が発揮される。確定判決は、排水門の「開放」を命じている。「開放」とは、開け放すこと、つまり全開だ。
しかし、農水官僚は「開門方法までは指定されていない」と確定判決を勝手に読み変えてしまうのだ。
その際に利用されたのが、例の開門に関するアセスメントだ(連載(12)参照)。アセスは、2011年度に完了し、公表されたが、開門方法は以下の4案が示された。
(1) ケース1 最初から排水門を全開する。
(2) ケース2 調整池への海水導入量を段階的に増やし、最終的に全開する。
(3) ケース3の1 調整池の水位を70センチ変動させる。
(4) ケース3の2 調整池の水位を20センチ変動させる。
そして、海水導入量を増やすに応じて潮受け堤防の補強対策などに費用がかさむとされ、対策費用はケース1と2が1077億円、ケース3の1が239億円、ケース3の2が82億円とされた。この数字は、「1000億円以上もかかる『全開』はできませんよ」と暗に示していた。
2012年11月、当時の郡司彰農水大臣(民主党)は「ケース3の2以外の方法で開門した場合、防災上、営農上、漁業上の影響が大きい」ということを理由に、ケース3の2による5年間の開門が適当」と発表した。
ケース3の2とは、2002年の短期開門調査と同じで、これも開門の効果を最も小さく見せるための布石と言える。
しかも、この開門調査の目的は、諫早湾干拓事業と有明海の漁業被害の因果関係を調査することのはずなのに、そこがすり替えられているのだ。
農水省は、開門の目的を環境アセスで「開門調査は諫早湾干拓事業潮受け堤防排水門を開放することによる有明海の環境変化を把握する調査」としている。
その意味を、同省農村振興局の官僚はこう説明した。
「開門調査は干拓事業と漁業被害の因果関係を調べるものではなく、開門前後の有明海の環境の変化を調べる調査です。すでにシミュレーションで、開門の影響は諫早湾内にとどまり、有明海には及ばないとされているので、いわばその確認です」
だが、漁民だけでなくメディアも開門調査とは因果関係の調査だと捉えている。
たとえば、NHK長崎は、ニュース番組の中で「開門調査」の説明として「諫早湾干拓事業と漁業被害との関係を調べるための国の開門調査をめぐり~」という表現を繰り返し使っている。
「それは間違いです」
農水官僚はこう断言した。
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