2014年05月12日
原発事故が起きた福島で、イノシシによる農作物や民家への被害が相次いでいる。放射能で人が住めなくなった旧警戒区域(原発から20キロ圏)では、イノシシが真昼から歩き回り、まるで放牧されているかのようだ。人間を恐れなくなって人里にも侵出し、人を見かけると襲いかかることもある。自治体はこの1年間で記録的な数を捕獲してきたが、被害はおさまらない。放射能がもたらした「人と動物の陣取り合戦」の様相だ。
3月23日、福島県南相馬市で鳥獣被害について住民向けのシンポジウムが開かれた。
野生動物、とくにイノシシ被害に悩む農家や猟友会の人たち約100人が参加し、広がる「獣害」にどう対処するか、専門家から話を聞いた。実態を調べている農研機構東北農業研究センターと市が主催した。
「民家の近くにイノシシがきて困っている。どうすればいいのか」
「最近になって急にイノシシやサルが出て来た」「イノシシに天敵はいないのか」
シンポでは、農家の人たちから切実な声があがった。
講師として出席した県農業総合センター職員の木幡栄子さんは「彼らの行動パターンを知ることが大切です。農地の回りに防護柵を張り、集落ごとに対策を立てる必要があります」と話し、もはや一軒ずつで対処しきれる問題ではないことを強調した。
南相馬市は、原発から近い所で約10キロ。全町避難が続く浪江町に隣接する。市では2年前、避難区域が再編され、小高区と原町区の多くで一時帰宅や一部の事業も再開できるようになった。
しかし小高区ではまだ宿泊はできない。木幡さんによると、イノシシやサルの群れは、こうした人が住んでいない地域を中心に動きを活発化させ、町の方へ出てくるようになったという。
市は昨年度から猟友会の協力を得てイノシシを駆除する「捕獲隊」を結成し、昨年度は約1400頭と前年の10倍以上の数を捕獲した。
しかし市単位で数を減らしても問題はなかなか解決しない。市には今も獣害の苦情がたえないのだ。
捕獲隊の原町分隊長の門馬重傚さんのもとには、4月だけで「イノシシが出たので何とかしてほしい」と数件の電話がかかってきた。「ジャガイモや花などの作物を荒らされたというんです。捕獲しても追いつかず、被害は減りません」と門馬さんは言う。
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イノシシの増加が福島で特に問題になりはじめたのは、約3年前の原発事故の後だ。人間が住めない「空白域」ができたことで、まるで野生動物の王国が生まれてしまった。
もう一つの大きな理由は、狩猟する人が減ったことだ。
森のなかにすみ、土中の生物を食べるイノシシは体内に放射性物質を蓄積しやすい。県の調査によると、イノシシ1頭から、1キロ当たり2万ベクレルを超える高濃度の放射性セシウムが県内各地で検出された。国は出荷制限を指示、県も食用にすることを控えるよう県民に要請した。このため、毎年、猟期になると山に入っていたハンターたちの狩猟意欲が落ちて、個体数の増加に拍車がかかったのである。
食べられない。狩猟者は減る。旧警戒区域は放牧状態――。こんな事情から
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