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[16]作られた「訴訟合戦の泥沼」

永尾俊彦 ルポライター

 5年間の排水門の開放を命じた福岡高裁判決が2010年12月に確定して以来、勝訴した「債権者」である漁民側は、敗訴した「債務者」である国(農林水産省)に対して、ほぼ月2回のペースで、いつ、どのように開門するのかを具体的に示すよう求める交渉を続けている。

無内容な答弁を3年間続けた農水官僚

 だが、福岡高裁が開門準備のために猶予を与えた3年間、この交渉の席で同省はいつ、どのように開門するのかを具体的に示すことはついになかった。

 毎回漁民側の質問に、農水官僚は開門の際に問題になる代替水源などの問題について「努力しています」「何とか長崎県側にも理解をしていただきたいと説得しています」などと1~2時間の交渉の間、繰り返すだけだった。わたしはほぼ毎回傍聴を続けているが、ほとんど無内容な答弁を3年間も繰り返し続けたのは、恐れ入ると言うしかない。

 すでに書いたように(連載第12回参照)、代替水源について同省は地下水案に固執した。これに対して漁民側弁護団は、これまで農業用水として地下水を汲み上げたために地盤沈下に苦しんできた地元の農民に「受け入れられるはずがない」と再三指摘したのに、同省は無視し続けた。

 その後、開門期限まで半年しかない2013年7月になって、やっと海水を淡水化する施設を造る案に切りかえた。だが、この工事に3回着工しようとしたが「開門につながる」と見た農民らの座り込みで実力阻止された。

 そうこうしているうちに11月12日には、農民らが求めた開門差し止めの仮処分を長崎地裁が認め、事態は混迷の度合いを深めた。

林芳正大臣の現地視察の際、開門反対を訴える農民の2 2013年2月拡大林芳正大臣の現地視察の際、開門反対を訴える農民=2013年2月、撮影・筆者
 開門期限の2013年12月20日が1カ月半後に迫った11月7日の農水省交渉でも、農村振興局整備部農地資源課の瀧戸淑章(たきど・としあき)課長(現・九州農政局次長)は「長崎県側に話し合いの席についてもらうようお願いしていくしかないと思っています」と言った。

 開門期限3日前の12月17日、佐賀県の古川康(やすし)知事や佐賀県有明海漁業協同組合の草場淳吉組合長らが林芳正農水大臣と面会し、開門を求めた。同漁協や福岡県有明海漁連、熊本県漁連は勝訴した漁民原告とは別に開門を求めている。

 この席で林大臣は「国は、(長崎地裁仮処分決定の)開門するなと(福岡高裁確定判決の)開門しろという二つの義務を負っています。三者(国、長崎県、佐賀県)の話し合いで解決するのが望ましい」と従来の主張を繰り返すだけだった。長崎県側は「開門前提の話し合いには絶対応じられない」との姿勢を崩しておらず、展望はないのに、この期に及んでも林大臣は「ギリギリまで話し合いの努力をしていきたい」と述べた。

 ただ、開門を求める佐賀県の漁民の手前、「手ぶら」では帰れない古川知事は、「福岡高裁の確定判決に基づく開門調査は政府の方針となっています。確認ですが、国の方針は変わらず、努力を続けていくということでよろしいですね」と念を押し、林大臣は「はい」と答えた。

 しかし、結局ズルズルと開門期限を過ぎ、国家が確定判決を守らないなどという前代未聞の事態を招いてしまった。

 12月20日の定例記者会見で、大臣は勝訴原告に謝罪すべきではないかと質問された林大臣はこう答えている。

 「まあ、状況を打開するような進展に至らなかったということについてはですね、大変残念に思っております。しかしながら、国の立場としてはですね、開門すべき義務を負っている一方で、まあ、開門してはならない義務を負っていることも、これも事実でございます。まあ、したがって、国として、これまで前例のないようなですね、難しい立場に立たされていることについては、これを御理解いただきまして、今後、関係者間で接点を、まあ、見出せるようにですね、更に、努力をしてまいりたいと、こういうふうに思っております」

 まるで他人事である。

 また、「このような状況になった原因は何だと考えているのか」との記者の質問にはこう答えている。 ・・・続きを読む
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筆者

永尾俊彦

永尾俊彦(ながお・としひこ) ルポライター

1957年、東京都生まれ。毎日新聞記者を経てルポライター。1997年の諫早湾の閉め切りから諫早湾干拓事業を継続的に取材。主な著書に『干潟の民主主義――三番瀬、吉野川、そして諌早』(現代書館)、『ルポ 諫早の叫び――よみがえれ干潟ともやいの心』(岩波書店)、『公共事業は変われるか――千葉県三番瀬円卓・再生会議を追って』(岩波ブックレット)など。