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[2]”STAP細胞”報道とジャーナリズムのいま 「半信半疑」というキーワード

尾関章、亀松太郎、堀潤

ネット上で論文をチェックする人たち

 尾関 亀松さんは今回記者会見に出るだけじゃなくて、いろいろずっとフォローアップをしているんですね。ネットのチェック機能というのかな、ネット上で論文をチェックしている人たちの話というのも最初のころから見てこられているので、その話も含めてお願いします。

ジャーナリズムについて議論する尾関章、亀松太郎、堀潤の3氏(左から)拡大ジャーナリズムについて議論する尾関章、亀松太郎、堀潤の3氏(左から)

 亀松 これから「3.11」後に関連した話になっていくということですが、今回のSTAP細胞の最初の発表のときの報道から、あと今現在も非常に強く思うのは、やはり3.11後、特にあの原発事故にかかわる報道や情報の扱われ方ということと共通することが重要なかぎなっているんじゃないかと思うんですね。

 これは僕がキーワードとして挙げるとすると「半信半疑」という言葉なんです。つまり原発に関しては今思っても何が本当なのか分からない。これは最初からそうだと思うんです。いろいろな意見を言う人がいる。いろいろな事実が出てくる。つまり一方で信じられるものもあるし、でも一方で分からないことがあるという、常に半信半疑の状態が続いているんです。しかし、特に大きなメディアになればなるほど、この「半信半疑」状態というのを非常に嫌う。とにかくどっちかイエスかノーをはっきりさせようとするんですよ。

 これは小保方さんの会見でも本当に如実に表れていて、理研の会見でも表れていて、確かですけど、小保方さんのときはフジテレビだったと思いますが、小保方さんに聞きます。「STAP細胞はあるんでしょうか、ないんでしょうか」。そうしたら小保方さんが、「STAP細胞、ありまーす」と言ったんですね。でも、そうではないのではないか。本当のところは、分からないはずなんですよ。

 これはちょっと前に理研の丹羽さんが、あの記者発表のときに仮説であると言っていました。だけど自分はあるかもしれないと思っているということです。実は科学的態度というのは、たぶんこういう半信半疑状態というのが常にあって、いかに「半信」を強めるかという過程だと思うんですね。

 原発事故の状況や影響もそうだし、STAP細胞もそうなのです。これは『ネイチャー』に発表された時点でも半信半疑、今も半信半疑なのに、『ネイチャー』のときは、「ありました」という方にガーッと振れて、今度は「ない」という方に非常に極端に振れようとしている。一般の人も、もちろんそういう分かりやすい方がいいという欲求はあると思うんですが、あまりにもメディアがそれに引きずられ、極端から極端に振れるような状態に流されているという問題はあると思います。

実は一面的なマスメディア

 尾関 ネットの話に移る前に、亀松さんがすごくいい話をしてくださいました。本当に科学の話というのは、とりわけ基礎科学の話というのは、何かが出たというときでも、やっぱり何パーセントかの確率で、そうじゃないということがあり得る。そういう見方を常にしておかなければいけない。だからさきほど話した1月30日の紙面についても、私がちょっと後輩たちには厳しかったかもしれないけれども、少し不満をもったのはそういうことですね。つまり懐疑する、疑問を呈する記事がひとつでもあったらよかったということです。

尾関章氏拡大尾関章氏

 ところがメディアがいつの間にかそうではなくなってきてしまった。この理由の一つは亀松さんの今の話にもありましたけれども、基礎科学の分野で現在、世界の情報をある意味で支配しているというか、権威づけているのは『ネイチャー』、『サイエンス』という両極体制であるという事実にあるのですね。

 英国の『ネイチャー』、アメリカの『サイエンス』という科学雑誌に論文が出るということ。そこではすごく大きな権威づけがなされるわけですね。では誰が判断するのかというと、それはレフェリーという審査員、論文をチェックする人が、これは本物か、意義があるかいうことによって論文を掲載するかしないか判断していく。どうも、そこで掲載となれば報道はそれに乗っかってしまうところがあるんです。

 数年前にiPS細胞の臨床応用をめぐる虚報というのがありました。あの時、朝日新聞は書かなかったのは、そういう権威づけもなく、どう見てもおかしい、怪しいというのがすぐ言えたからです。ところが今回の場合、やはり『ネイチャー』に出たというのは大きいわけです。ところが、ここからそのネットの話に入っていきますが、今回は『ネイチャー』の査読vsネットの監視というような構図だったと僕は思うのですが、亀松さん、どうですか。

 亀松 そうです。先ほど僕が使った言葉で言うと半信半疑というときに、どうしても今までのマスメディアというのは、原発報道のときもそうだったのですが、かなりの確率で信じられるものしか報じないわけです。そして、報じた以上は、それはもう正しいですと言い続けるみたいなところがあって、だからもうマスメディアから出てくるものは、少なくともそのメディアは正しいとか、信じているというものしか出てこないので、実は一面的なのです。

亀松太郎氏拡大亀松太郎氏

 そうすると半信半疑の「疑」の方は、今度、別の人たちが担わなきゃいけなくて、ここが非常にやっぱりネットが今補完しているところで、こういうマスメディアが「信」で、ネットが「疑」というときが、ある意味バランスとしてはいいんですね。今回はいかにここがおかしいかというのをどんどん多数の人がつついて崩していった

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筆者

尾関章、亀松太郎、堀潤

尾関章、亀松太郎、堀潤 

尾関章(おぜき・あきら)
科学ジャーナリスト。1951年生まれ。早稲田大学大学院修士課程修了(専門は物理)。77年、朝日新聞社に入り、83年から科学記者。科学医療部長、論説副主幹などを務め、2013年に退社。宇宙論、素粒子物理、生命倫理などを主に取材した。WEBRONZA筆者。著書に『科学をいまどう語るか――啓蒙から批評へ』(岩波現代全書)、『量子論の宿題は解けるか』(講談社ブルーバックス)、『量子の新時代』(共著、朝日新書)。
亀松太郎(かめまつ・たろう)
1970年静岡県生まれ。東京大学法学部卒。朝日新聞記者として3年勤務した後、ネットベンチャーと法律事務所を経て、2006年からJ-CASTニュースの記者・編集者を経験。10年ドワンゴに転職、ニコニコニュース編集長として、ニコニコ動画の政治・報道番組の企画・制作とニュースサイト運営に携わる。13年1月独立。弁護士ドットコムトピックス編集長のほか、BLOGOSなどネットメディアを中心に活動している。
堀潤(ほり・じゅん)
ジャーナリスト/NPO法人「8bitNews」主宰。 1977年7月9日生まれ。兵庫県出身。 立教大学文学部卒業後、2001年にアナウンサーとしてNHKに入局。 「ニュースウォッチ9」、「Bizスポ」などの報道番組を担当。 2012年6月、市民ニュースサイト「8bitNews」を立ち上げる。 2013年4月1日付でNHKを退局。近著に「変身~Metamorphosis メルトダウン後の世界」。