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NHK問題とは何か~公共放送の未来を考える【鼎談】中北徹×林香里×増田寛也(2)

司会:WEBRONZA編集長 矢田義一

 司会 今回の一連のNHKをめぐる問題は、籾井勝人会長個人の資質や個性、キャラクターというような属人的な要素を越えたNHKの会長人事の手続き、プロセス、経営委員会の在り方などについて、構造的な問題として考えなければいけない面があると思うのですが。

NHK問題について語る(左から)中北徹氏、増田寛也氏、林香里氏拡大NHK問題について語る(左から)中北徹氏、増田寛也氏、林香里氏

 増田 NHKの会長の任免は経営委員会が行うという規定になっています。ですから、今回とりざたされるように、経営委員に政権寄りの人を任命して、そこを通じて会長の決定に影響力を及ぼすような疑念を抱かれる面は確かにあります。民間の放送局とは違いNHKは公共放送ですから、そのトップの選任の在り方ってできるだけ民主的な方法でやっていくのは大原則です。

 ただ、現在のかたちでも、12人の経営委員は衆参両院の同意を得て内閣総理大臣が任命しています。一応国会同意を取っているのですから、時の政権が独断的に選ぶわけではありません。これは民主的なプロセスを踏んだやり方ではあると思います。経営委員は経歴や地域バランスなどを考慮されて任命されているはずです。もっとも、今の選び方に代わるもっといいやり方があれば何かあるのであれば、そうした提案を聞いてみたいとは思います。

気になる政権との距離

増田寛也氏拡大増田寛也氏

 私が最も気になるのは政治とか政権との距離です。日本は政権交代を促す狙いもあって小選挙区制を導入しています。政権交代がある度にNHKの経営委員や会長の人選が左右されるというのは望ましくない。政権から無用な圧力や影響を受けないよう、距離を十分にとることは必要です。

 一方、国民との関係も重要ですね。それは政権を選んでいるのは国民であるという事情とともに、いろいろな国民意識に迎合するようなことになっても困る。ポピュリズムなどに走るようなことは避けなければなりません。例えば、昨今の「反中」や「嫌韓」といわれるような感情が社会に広まっていることなどにも冷静に向き合う。そういう距離感が大事です。

 総務相としてNHK会長人事も経験しましたが、今のやり方は民主的な手続きを一応最低限一応クリアしているだろうと思います。むしろ、なる本人の方が、なった以上は放送法の精神をきちんと踏まえて行動することが大事です。当時も経営委員の方々は時折、物議を醸すような発言をすることもありましたが、選挙運動など政治に直接関わって発言するようなことはありませんでした。

 司会 公共放送と政権の距離というのはどこの国でも問題になる普遍的なテーマであるようですが。この点、林先生、いかがでしょうか。

  その通りです。公共放送が時の政権と何らかの関係ができてしまうというのは、他の西欧諸国の公共放送の例を見ても、制度設計上免れないとは思います。少し話を戻しますが、NHK内部には、中北先生に「原発問題をテーマにするのはやめてください」と、外部の話し手には過敏に反応するディレクターたちがいる一方で、たとえば都知事選挙で、経営委員の百田尚樹さんが田母神さんの応援演説をしたことについては、内部から問題提起の声が聞こえてこない。この二枚舌を外部にどう説明するのか。

受信料を払っている視聴者を軽視

 同じ職場の内部から声を上げにくいのはわからないでもないですが、表現活動をする集団が、こんな状況でここまで硬い沈黙を貫くのは首を傾げざるを得ません。NHKが常日頃から気にする「不偏不党」という制度理念に照らせば、経営委員たちによるこうした行為こそ問題視されるべきなのに。結局、「放送法に則って」とか「不偏不党」とかという言葉は、政権や与党におもねる組織体質の後づけ的言い訳だということでしょう。受信料を払ってNHKを支えている人たちを、ひどく軽視した態度だと思います。

林香里氏拡大林香里氏

 他方で、百田さんもそして長谷川さんも、一連の言動は、私人としての言動であり、NHK経営委員という立場になれば、公平中立、不偏不党の理念をもとに是々非々で議論するとおっしゃっているようです。けれども、実際、百田さん、長谷川さんは、選挙の応援演説をしたり、右翼団体幹部を礼賛する文章を書いたりするようなことを、個人の心の中の瞑想ではなく、公開の場でやっているわけです。

 公共の言論空間でこうした意見を発信し、自らの立場性を明確にする人たちに、公共の言論空間で公正さを要請されている組織を監督する役職が務まるのでしょうか。放送法では、経営委員は「公共の福祉に関し公正な判断をすることができ、広い経験と知識を有する者」(第31条)となっています。公共圏で過激な言葉で自らの極端な政治的立場を鮮明にしていながら、それにもかかわらず経営委員の資格要件を満たすと判断した根拠は何か、この点もわかりません。このあたり、新聞や他の民放などのメディアによる追及も不十分ではないでしょうか。経営委員の任命のプロセスについても、他のメディアはもっと厳しく批判してもいいのではないかと、私自身は思います。

 世界の公共放送をみてみると、経営委員会など、公共放送の監督組織にはいろいろな在り方があるようです。BBCのように、執行部を監督する機関のメンバー選出に、公募・推薦制を取り入れるなどの工夫も考えられます。

 NHKというのは本来、私たち一人ひとりが受信料を払ってメディアを支える、いわば「互助会」みたいなものだと思います。それなのに、頑なに組織防衛の姿勢を貫く、閉ざされた組織になってしまった。この不透明さ、アカウンタビリティーの欠落がまずもって問題だと私は思っています。

政府が放送局を監督するのは珍しい

 その上で、政権からいかに距離を保つかという仕組みは、世界にもいろいろあります。詳細は省きますが、イギリスや日本のように、少数の有識者や専門家で運営する方法もありますが、欧州大陸では、社会のさまざまなグループの代表のフォーラムをつくる多数運営型もあります。例えば、ドイツでは各地域放送局ごとに、労働組合、政党、キリスト教団体、ユダヤ人団体、女性団体、学生団体などが集まって、放送執行部を監督する放送委員会や経営委員会が設けられています。大きな地域放送局では、委員は70人以上にも上ります。これは放送局内部に社会の多様性を反映する仕組みを担保する設計であることから、「内部多元性モデル」と言われるものです。

 日本では、戦後まもない1950年に電波三法が制定され、電波監理委員会という第三者機関がつくられたのですが、それも、このドイツ的多元性理念に近いモデルで設計されました。しかし結局、電波監理委員会は、日本ではうまくいかず、 ・・・ログインして読む
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