2014年06月11日
尾関 では次の質問です。どうぞ。
会場 いくつかあるんですけれども、マスメディアの特にニュースが非常にエンターテインメント化していて、視聴率が取れるようなことだけをやっているような気がします。それであんまり見たくないなと最近思っているんですけど、一つは、僕らの声が届くようにするにはどうしたらいいのかなって、すごくそういう気がするんです。
あとは、都知事選挙のときの報道でいうと、マスメディアでは脱原発のことがあまり争点になっていませんでした。ニュースで取り上げないうえ、世論調査の結果でも原発脱は争点として関心が高くない、と繰り返していたら、みんなそうなのかと思うでしょう。でも、ネット上では脱原発をめぐって、いろいろな議論が交わされ、僕もよく読んだり、書いたりしていました。この辺りのギャップをすごく感じていてるのですが、どうとらえているのかをお聞きしたいと思います。
最後に、ネットでメディア的な活動をする側の教育的なことも議論になっていましたが、一次情報にあたるという重要性の問題です。たぶんマスコミ関係の方は一番大切なことだと思われているのでしょうが、普通の人だと、事実関係を確認しないで発信したり、共有したりと、どんどんやってしまっています。これはどうすべきなのか教えていただきたい。
そういう教育的な側面が必要だと思いますが、普通の僕らのところでいうと、好きな情報だけをどんどんネットでいうと、とらえてしまって、その考え方だけに突っ込んでいっちゃうと傾向があると思うんですよね。そういうことについても何か教育的なアドバイスがあればお願いしたいと思います。
尾関 盛りだくさんだったので、まとめてお答えするは難しいかもしれません。最初の質問だった自分たちの声を反映させるには、ということで言えば、堀さんが、まさに今日お話になりたいと言っていらっしゃったパブリックアクセスですか、そういう可能性は一つありますね。
堀 そうですね。パブリックアクセスという言葉をご存じでしょうか。パブリックアクセスというのは、日本以外の先進国は法律で認められている放送や電波をめぐる権利なのです。国の資源であれば、国民は誰でも使う権利を有するわけですよね。水道とかガスとか、ああいったものは誰でも使えますよね。日本では水道を使う権利は国民に認められているんですけど、残念ながら、電波を使う権利は認められてないということです。でも、電波を使うことについては、「えっ、そんなこと権利なの」と驚かれるのではないでしょうか。
イギリスやアメリカやヨーロッパ各国では、1960年代、70年代、80年代にかけて、これが法律で認められるようになりました。さっきまさに会場の方がおっしゃったことです。何でマスコミが報道することばっかり受信しなきゃいけないのかと。私たちが本当に報じてほしい、私たちが調べて、これを発信したいといったものを何で電波を使って言えないのかという欲求です。
アメリカの場合だと、公民権運動があったときに、どうして白人や大企業の資本家たちに都合がいい情報ばっかり電波に流れるのかと、もっと有色人種の声をということが言われた。では、法律を変えましょうということになりました。テレビ局に映像を持ち込んだら流さなくていけないということですね。地元のケーブルテレビや公共放送が受け皿になりました。イギリスの場合はBBCですね。BBCがその受け皿になって、それ専用の時間を設けるわけですよ。編集権を切り離して、この1時間の番組はパブリックアクセスの時間ですと。
そこに最後の質問にあった教育、啓蒙はどうするのといったときに、誰がやるかというと、BBCがやるんですね。パブリックアクセスを開放する代わりに、そのコンテンツを作るスキルは私たちBBCが一生懸命サポートしましょうと。だから「ワークショップをやりましょう」、「カメラマンが必要だったら呼んでください」、「ディレクターも派遣しますよ」ということになっていた。これが今日の公共放送の役割なんですね。
これは韓国のKBSもやっています。アメリカのPBSもやっています。だからNHKがやらなきゃいけないというのは僕の主張です。でも、NHKでやるにはしばらく時間がかかりそうだったので、
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